――何が、起こったのか。朔太郎は一瞬停止させた思考を再び巡らせる。
軍内で開催されたマネーウォーズも終盤に差しかかった時間帯。奮戦している他の軍人達を横目に、朔太郎は顔を蒼白させる。眼前に広がるは、かつての自分の後輩であるバイセン・クリフォードが、アルジャーノン・フェルバースへと剣を突き立てていた、という信じがたい光景。バイセンの後ろには、フラッツ・アルムホルトが既に意識を失っているのか、倒れたまま動く気配が無い。
バイセンがアルジャーノンから剣を強引に引き抜くと、アルジャーノンはそのまま床へと倒れていく。その情景がまるでスローモーションのように朔太郎には見えた。
何故、どうして、一体何が――言葉にならない感情が朔太郎を急かし、気が付いた時には二人の下へと走っていた。
「アルジャーノン!」
たまらず声をあげ、その場に倒れているアルジャーノンを抱える。刺された彼の右脇腹からはとめどなく鮮血があふれ出し、纏っている軍服に次々に血が染みこんで行き、溢れた血が床に滴り落ちていく。焦りと言い様のない焦燥感が混じり、何度も彼の名を呼ぶ。が、アルジャーノンはうっすらと目を開けて朔太郎を目視した後、そのまま意識を失ってしまった。
彼の傷口を抑えながら、朔太郎の腕は震えていた。思い出したくも無い過去の記憶が揺さぶられ、掘り起こされる。かつての親友に己が刺した傷口と、目の前で倒れているアルジャーノンの傷口は奇しくも一致していた。その事実が余計に朔太郎の心理を揺らす。
自身の胸元にある傷を抑えながら、バイセンの方を見やる。バイセンも持っていた武器を投げ捨て、朔太郎と同じようにフラッツを抱え、焦りの形相で見つめている。
「バイセン……これはどういうことだ」
不甲斐ない事に、朔太郎の声は震えていた。いつもの口調等忘れ、バイセンを問いただす。
「俺が聞きたいぐらいだよ!そいつがフラッツをこんな状態にしなきゃ、こんな事にはならなかった!」
クソッ、とバイセンはイラつきを隠せない様子で吐き捨てる。朔太郎は次から次へと起こる受け入れがたい事実に混乱しながらも、アルジャーノンを見やるが、彼が答えるはずもない。
「だからと言って、我を忘れてこの子を刺すのは違うだろう!」
「うるせぇな!今までのうのうと逃げてきて、今更指図する気かよ!」
バイセンの言葉に朔太郎は反論の言葉を無くし、息を呑む。構わずにバイセンは続ける。
「オトギさんがいなくなった時だって同じだろうが!都合の良い言い訳だけして、アンタは戦闘班から逃げたんじゃねぇのか!」
バイセンの言う事は紛れもなく事実だ。かつての親友――楠宮オトギを止められずにおめおめと生き永らえた事。彼が軍を去った事を、かつてのオトギが隊長を務めていた小隊にいた、バイセンを含む隊員達にろくに理由を告げなかった事。戦闘班に居続ける事に恐れを感じてしまい、戦闘班から逃げ、誰にも告げずに研究班へと異動した事。
――オトギが軍を去ってからこの五年間、何度も何度も過去から目を背け、逃げ続けていた事。
次々に思い返される過去の記憶に、朔太郎の震えは止まらない。
「……お前に……お前に何が分かる!」
「あぁ分からねぇよ!何にも言わねぇ奴の事なんか分かる筈もねぇからな!」
そう吐き捨て、バイセンはフラッツを抱えたまま医務室の方へ足を向け、走り去っていった。
辺りが鮮血に染まる。その場に散らばる大剣、カットラアス、ナイフ。その場に取り残された朔太郎も、こうしてはいられないとアルジャーノンを背に担ごうと彼の腕を引く――が、その動作を一瞬止める。
『………アイツらの事、頼むわ』
不意に、オトギの言葉が脳裏を過ぎった。
五年前のあの時、自分に殆ど意識は無かった。オトギに刺されて以降、目が覚めるまでの記憶は断片的で、ほとんど思い出せていない。
――けれど、あの男は確かにそう言っていた。オトギの指す“アイツら”とは、間違いなく――当時の小隊の隊員達だろう。自分の知る限りでは、オトギはいつでも自分の部下の事を、仲間の事を気にかける。そういう男だったのだ。
「……あの、言葉は……」
オトギの言葉を、頼みを、知らない内に無視していたというのか。自分だけが彼に裏切られていたと思い込んで。この言葉こそが――奴の本心だったのではないのか。
「……とんだ、道化だな……私は」
自分を嘲笑いながらも、ようやくアルジャーノンを自分の背に担ぎ、幼さの残る彼の顔に付着していた血液を手で拭いながらも、その場から離れて医務室へと足を向ける。自分よりも体躯の大きな彼を担ぐのには骨が折れるが、そういう訳にもいかない。
「……この子にも、いずれ謝らんといかんの」
ようやく少し平静を取り戻した様子で苦笑する。
朔太郎の表情には、どこか決意が表れ始めていた。
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前編の続き。
バイセンさん、
そして会話こそありませんが、アルジャーノンさん、フラッツさんお借りしました。
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