世界には自分と同じ顔付きをした人間が三人いると、聞いたことがある。今までは迷信として小耳に挟んだ程度であり、信憑性など気にしたこともなかった。
何故不意にそんなことを思い出したのか。
「初めまして。……と言った方が宜しいかしら」
自分と同じ髪色、目。声色こそ非なるものの、目の前に立つ女性は、余りにも自分と似すぎていた。彼女が手に持つ扇子を広げて口元を隠すと、余計に瓜二つのような気がしてならない。
気味の悪さに眉をしかめたまま呆然としていると、女性は軽く息を吐いた。冬も近くすっかり冷え込んだ空気は、息を白いものに変える。
「この地に来たら会うだろうとは思っていたけれど……本当に会ってしまうなんてね」
同じ表情で朔太郎を見つめる。
口振りからして、どうも朔太郎の事を知っているようだ。朔太郎の方にはまるで身に覚えがない。
だが、初対面の割には何故か妙な気持ちが芽生える。昔から知っているような――とにかく、初めての気がしないのだ。
「アンタ、一体誰なんじゃ。オイラには……」
「……忌々しい。お爺様の口調を真似するなんて」
目を細めて朔太郎を睨む。そして扇子をパチン、と音を立てて閉じると、その先を朔太郎の方へと向けた。
「しかし今は好都合。……椎束朔太郎、貴方の持つ"剣"をお渡しなさい。あれは貴方が持つに相応しくない代物です」
「……!何でアンタが"剣"の事を知っとる。あれは、」
「椎束家の人間しか知らない、と言うならば答えは解りきっているのではないかしら?……それとも、解りたくないだけかしらね」
目の前の彼女から紡がれていく言葉に、朔太郎の思考はどうもついていけていない。
彼女のいう剣は、椎束家の現当主から次期当主へと預けられる刀の事である。
五代目当主である朔太郎の父・椎束影月(しいたばえいげつ)が朔太郎へと刀を預けた事は紛れもなく事実なのだが、その事は椎束家に連なる人間しか知らされていない筈。ましてやこのフィーダムデリアには、朔太郎のそういった経緯を知る人間すらごく僅かだ。
――解りたくない。彼女の言う通りそうなのかもしれない。
先程から脳裏にちらつく、一つの仮定。それが真実であると確かめる事を恐れているのだ。
「そこまでにしておくさね、お嬢」
朔太郎の後方から聞き慣れた声がした。振り返るとそこには白井雪白の姿。
「雪兄さん?!」
朔太郎と目の前の女性、二人が同時に彼の名を呼ぶ。全く同じ呼称で。呼ばれた主は何食わぬ顔で二人の間に割って入る。
「お嬢、あっしと朔坊は仕事帰りで疲れとる。その話は今度にしておくんなせ。疲れている人間に無理強いするような娘でもないさね?」
「……その男の肩を持たれるのですか、兄さん」
「そういう心算はないさね。しかし、お前さんが知っている事は朔坊は知らない。そういうのは不平等かと思っただけだわな」
飄々、といった言葉が似合うのだろうか。白井は朔太郎の肩に手を載せながら、女性の方へと視線をやる。
ややあって、女性の方が折れたのか口元に扇子を当てて軽く溜め息をつくと、此方の方に背を向ける。
「……この場は兄さんのお顔を立てておきます。我ながら出過ぎた真似をしてしまいました」
声にはやや不服の色が灯っているものの、白井の言葉は最もであると理解したらしい。
「ですが、私は諦めた訳ではありません。……次に会った時は……椎束朔太郎。貴方から必ず、“剣”は頂戴致します」
その言葉を最後に、女性は二人の前から去って行った。朔太郎の表情からは未だ困惑の色が見える。
それを知ってか知らずか、白井は朔太郎の額をコツンと指で叩きながら、朔太郎の目を見つめ微笑んでいた。
朔太郎はそんな白井の様子を怪訝に思い、堪らず問いかける。
「……兄さんは、全部知っておるのか」
「曲がりなりにも朔坊の家とは親交が深い。それなりに事情は把握してるさね」
「なら、あの女性は……!」
「待たんせ、あっしから全部話を聞く気かね?」
白井も途端に真面目な表情となり、朔太郎はその先の言葉を濁す。
「あっしから話を聞く事は簡単。……しかし、朔坊はそれで良いと思っとるね?」
「……すまない。兄さんの言う通りじゃった」
「謝る事は無いさね。……あっしの助けは無くても、朔坊は大丈夫とね?」
白井の言葉に朔太郎は強く拳を握る。
自分なりに“あの子”と向き合いーー前を向くと決めたばかり。
ならば、取るべき行動は一つ。
「あぁ。……父様に、直接問いただすまでじゃ」
朔太郎の目に確かな光が灯る。
それを見て、白井はまた柔らかく微笑んだ。
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白井兄さん、お借りしました!
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