シュドラクト港にあるワルキューレ研究所近辺の海岸。
風が当たる場所で一人の青年――シルヴィス・ディリバースが胡坐をかいて座りながら、何やらぶつぶつと独り言を呟いていた。
手に持っているのは直径3センチの銀色コイン。もうすぐ正午を迎えようとしている昼間ということもあり、頭上の上で照らす太陽の光を反射してキラキラと輝いている。
それに反して、シルヴィスの表情は曇っている――というよりは、げんなりとした表情が伺える。
「あぁぁっ、もう!また表か……」
先程から「裏!」「表!」と言いながらコインを弾いて手に戻しては、一喜一憂する行為を延々と行っている。
シュドラクト港自体少し寂れた港町とは言え、誰かに見られでもしたら何事かと頭を傾げたくなるような行為である。
「いち、にー、さん……十回やって三回か……はぁ」
コインを右手に握り、左指で成功した数を数えながら、本日何度目か分からない溜息をついた。
どうやら先程から行っていたのは、コインの表裏を言い当てる訓練のようなものらしい。
シルヴィスの異能は『ギャンブル・セレクター』。
今シルヴィスが持っているコインとは別の金色のコインを使い、表裏を言い当てることにより武器の性能を変える、といった能力である。
使いようによっては戦闘時でも役に立つのだが、現在のシルヴィスでは成功率が五割以下であり、失敗時の代償として頭から毎度水を被っている。(能力の代償もあり、ある程度は水耐性のある素材の服を着てはいるのだが)
水を被ってしまうはコインの意志を読み取れなかったが故の罰であるらしい。
……が、能力に目覚めてから早幾数年。シルヴィス本来の運の悪さも由来するのか、成功率が上がった試しがない。
このままではワルキューレの戦闘班としてやっていけない、と、こうやって暇のある時に海を眺めながら、別のコインを使って練習をしているのである。
本日の成功率は十回中三回。
お世辞にも上手くいっているとは到底思えない。
「何で上手くいかないんだろう……」
この台詞も最早恒例である。
シルヴィスはがっくりと肩を落としながら、コインをまた弾く。
毎回こうやって訓練をしていても、上手くなるのはコインのキャッチの仕方であったり、コインの扱い方だけ。
「何かコツでもあれば……って、分かれば今苦労はしてないな……」
コインを太陽に掲げながら、コインをまじまじと見つめる。
本当に、何故自分がこんな能力を授かったのか。
元々昔から、運はどちらかというと悪い方だった。
今では少々改善されているものの、不意に水溜りに足を踏み入れて服を濡らすことも日常茶飯事であったし、店先を歩いていたら偶然ながらに店員に水をかけられた、なんて事も――思い出せば思い出すほど、自分には水難の相でも出ているのではないかと疑いたくなる。
「水難の相、か……冗談じゃないな」
「何が冗談じゃないんですか」
「うわぁっ?!」
突然掛けられた声に、シルヴィスは思わずコインを地面に落とす。
そのコインを拾いつつ慌てて振り返れば、そこには同じワルキューレの戦闘班である、ルナールとトロイメライの姿があった。
「び…っくりした、脅かさないでくれよ」
コインをズボンの後ろにあるポケットに仕舞いながら、シルヴィスは二人の方を向いて立ち上がった。
トロイメライは少し眉を八の字に寄せながら苦笑する。
「すまないな、驚かせる為に近付いたのではないんだ」
「シルヴィスさんがぶつぶつ何か言ってるからでしょ。こっちに気付きもしないで」
「あぁ、いや……申し訳無い、ちょっと練習していたものだから」
二人から「練習?」と聞かれ、「能力の、ね」と濁らせながら苦笑いする。
そう言えば、二人は顔を見合わせながら「あぁ」と納得したようだ。
ルナールとトロイメライには、何度か偶然横にいた際に、失敗時の水を被るという被害を被らせてしまった経歴があるので、想像に易かったのだろう。
シルヴィスは、ますます申し訳無い気持ちになる。
「成果はあったのかい?」
「残念ながら……」
「まぁ、そんな気はしてましたけど」
成果あったらそんな顔してませんよね、とルナールに指摘され、シルヴィスは思わず両手で顔を隠す。が、既に無意味である。
「そんな顔に出ているか……恥かしいな」
「君は、心情がなかなか顔に出やすいと思うな」
「そうか……コインの練習だけじゃなくて、表情の練習もした方が良いかもしれないな」
「良いんじゃないですか、百面相が見れそうで」
「ひゃ、百面相……」
ルナールの言葉にひっそり(部屋で練習していよう……)と軽く心に決めるシルヴィス。
そんなたわいもない会話もそこそこに、
「そういえば、ルナール君とイメラ君は何故私の所へ?」
シルヴィスがそう訊ねると、トロイメライが自分の方から時計を取り出す。
「もう正午を過ぎている。そろそろ昼の食事でもどうだろう、とね」
「あ、もうそんな時間だったのか。私も同席しても良いのか?」
「だから呼びに来たんですよ」
「あはは、ありがとう。ご一緒させていただくよ」
「そうか。では行こう」
研究所の方へ歩き始めたルナールとトロイメライの後を追うように、シルヴィスも歩いていく。
海からは、心地良く柔らかい風が吹き始めていた。
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シルヴィスの能力練習コネタ。
ルナールさん
トロイメライさん
をお借りいたしました(ありがとうございました!)
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