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企画用倉庫

Twitter交流企画「パンドラ」/うちの子総出学パロ企画の倉庫。

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 ――祭事というのは、誰であろうと心を高揚させるものである。街中では夜というのにも関わらず、各々の華美な衣装に身を包んだ人間達で溢れ返っていた。
 同居人である玖達にこの日――ハロウィン用にと衣装を手渡されたものの、着る気も更々無かったので、それを自宅に置いたまま何をするでも訳でもなく、棗はただ街中を徘徊していた。
 だが、子供達が親に「トリック・オア・トリート!」と嬉しそうに口にしたり、この祭に紛れて恋人達が寄り添いながら街を巡っている情景は、棗にとっては腹立たしいことこの上ないものであった。次第に気分を悪くし、街の郊外――人混みの少ない場所へと移動し、路地裏の建物の壁に背中を預けて座る。

「……なぁにがハロウィンや」

 頭に着けている黒いバンダナをやや下へとずらし、先程まで目に入っていた情景を浮かべては悪態をつく。余計に自分がみじめに感じ、苛々を募らせた。
 忘れもしない、十年前のレダ事件。自分を残し、何の前触れも無く消え去っていった両親と兄弟達。前日まで仲睦まじく笑い合っていたというのに、その当たり前の生活は風に吹かれた砂塵のように、呆気なく崩れていった。
 そういう境遇は自分だけでは無いのだろう、それは身に染みてよく分かっている。

 だが、七年前。
 初めて「殺人」という罪を犯した時。目の前で事切れた親友を目にしてから、張り詰めていた琴線が切れたのを感じた。大切だと思った者達が、次々に目の前から消えていく。その何度も襲い掛かる消失感に、自身が耐えられなくなってしまった。
 それからというもの、何度この手を紅く染めてきただろうか。恐らくは両手では数え切れないものだろう。
 はめている手袋を外し、己の手を見つめる。

「見つけたわよ、棗!」

 聞き覚えのある声に顔を上げると、そこには度々に顔を合わせては喧嘩のようなものを繰り広げている女性――リリスの姿があった。三年前に自身の親友――ルクウィルの墓前で出会って以来、何かと鉢合わせてはお互いに言い争いを繰り返している仲である。
 そんな彼女もいつもの露出過多の服装ではなく、ハロウィンよろしくそれらしい衣装を身に纏っている。手元にはお菓子の入った小袋を入れたバスケットもあり、子供達に配り歩いていたのだろう。

「……何や、お前かいな」

 リリスを見て早々、棗は眉をしかめ、分かり易く不機嫌を露にする。それにリリスは気にも留めず、辺りをキョロキョロと見回す。

「折角のハロウィンなのに、辛気臭いところにいるのね。玖達さんが貴方にも衣装を渡したって言ってたから、笑ってあげようと思って探してたのに」
「大きなお世話じゃ。あんな趣味の悪いもん着れるかい」
「随分な言い草ね。恥ずかしいから着たくなかったんじゃないかしら?」
「ドアホ、ハロウィンやから言うて着なアカン規則があんのか」
「あぁーら、ご存知かしら?そういうのを屁理屈って言うのよ」
「知ってますー。俺が着ようが着るまいが、どないでもえぇやろ。どっか行け」

 追い払ってもリリスはその場から動こうとしない。棗はその場から立ち上がり、分かり易くため息をついた。
どうも売り言葉に買い言葉とでも言うのか、こういった言葉の応酬が後を絶たない。表面上は棗も彼女を鬱陶しがってはいるものの、どうも放っておけないという他の感情が棗の中で小さく潜めていた。この感情が何を示しているのかは棗には理解できるものではないが、どこか落ち着かないものであることは確かだ。

 リリスはふふふ、と余裕のある笑みを見せる――というよりは、これは何かを企んでいる表情である。先程からバスケットを持っている手とは別の手を、背中の後ろに隠したままだ。棗は訝しげにリリスの様子を見つめる。どうも嫌な予感がした。

「……なんやねん、まだ用でもあんのか」
「こんなこともあろうかと、ね」

 リリスは後ろに隠していた手を棗の前にやる。その手にはハロウィン用に装飾された、猫耳のついたカチューシャがあった。嫌な予感はこれだったか、とこれからリリスが取るであろう行動を予測し、一際嫌そうに目を細める。

「……お前、正気か」
「お察し頂いて光栄ね。良いじゃない、猫耳くらい。似合うんじゃないかしら?」
「アホ抜かせ、自分で付けときゃえぇやろ」
「何よ、ノリ悪いんだから」

 そう言いつつも、リリスは棗の方へとにじり寄る。

――瞬間、リリスは足元に転がる小石に躓き、体勢を崩した。棗は無意識にリリスを受け止めようとするが、咄嗟の事で此方も体勢を崩れてしまい、リリスを受け止めながらも二人してその場に倒れ込んだ。後頭部を軽く地面へ打ってしまったのか、少しばかり頭がクラクラする。
 リリスが棗を敷いている事に気付き慌てて起き上がり身体を棗から離すが、途中でリリスはその動作をやめた。なにやら驚いた表情で棗の目を見つめている。
 何を見てんねん、と口にしかけた所で、棗は自身がいつの間にか身につけていたバンダナが外れている事に気が付く。
――普段隠しているバンダナの下、右目の周りに広がる痛々しい傷跡。
 レダ事件直後、このフィーダムデリア中を走り回り、家族を探していた時に出来た傷。処置もしないまま放置していた傷は治りきらずに、結果として眼球自体も失明し目蓋も開かず、目の周りには何かに裂かれた後のような切り傷の痕が、複数に渡り浮かんでいた。
 棗はリリスの視線を避けるかのように、顔を背ける。誰にもこの痕を見せるつもりは無かったというのに。

「……何か言えや」

 暫く続く沈黙に、耐えられなかったのは棗の方だった。ゆっくりと身体を起こしながら、その場に胡坐をかいて座る。髪で傷痕を隠しつつ、リリスと視線は合わせない。リリスがどういう表情をしているかは分からないが、棗は一刻も早く立ち去ってしまいたかった。
 聞いても沈黙を続けるリリスに再び耐えかね、棗は立ち上がろうと動作を起こす――が、リリスに手を引かれ、その動作をやめる。

「……ごめんなさい」

 予想だにしなかったリリスの言葉に、思わず視線をそちらに向ける。リリスは慈しむような表情を浮かべ、棗の髪をどけて目の傷口に触れる。やめろ触るな、と拒絶したくても、彼女から目を離せない。棗は自嘲気味に笑い、ぽつりと呟く。

「……気味悪いやろ、こんなん」
「そんなことない」

 棗の言葉に、リリスは首を横に振る。
 リリスの指先が、棗の目蓋を、目尻を、そっと優しく撫でていく。

「……痛かった、わよね」

 それ以上、二人は言葉が途切れる。リリスは訊ねない。傷の経緯を、理由を。
 それでも、まるで傷を癒すかのように優しく触れていた。

 リリスの指の心地良さに棗はゆっくりと目を瞑り、しばらく静かな時間に身を委ねた。






――――――――――――――――

リリスちゃん、お借りしました。





 
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