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企画用倉庫

Twitter交流企画「パンドラ」/うちの子総出学パロ企画の倉庫。

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親愛と祝いの印





『オトギ、どうしたの?』

 自分の膝の上に乗せていた幼いゴッドチャイルド・アリョーシャは、眉間に皺が寄っているオトギの頬にぺちぺちと触れてきた。
 その手を掴んで制止させ、抱き抱えながらそろそろ降りろと床に足が付くよう彼女を降ろすが、アリョーシャは納得していないのか、またしても膝上へとよじ登り、先程までの場所に再び座る。
 そんな彼女の様子にオトギも諦めたのか、落ちないようにと今度は彼女の小脇を片手で抱えながら、机の方にもたれ掛かり、頬杖をつく。アリョーシャは投げ掛けた質問の答えを待っているのか、まじまじとオトギを見つめていた。

『いつまで見てんだよ、お前。何もねェって』
『でも、こーんな顔してるよ』

 と、アリョーシャは自分の目を指で吊り上げて眉を寄せ、オトギの表情の真似をしてみせる。

『……なんだそりゃ』

 呆れた表情でアリョーシャを見つめると、彼女は屈託のない笑顔をオトギに向けた。
 いつからこの少女に絆されるようになってしまったのか。偶然このゴッドチャイルドと出会い、軍で保護する事になってからというもの、こうして暇のある時は観察対象といった意味も含めて一緒にいることが多い訳だが。くるくると表情を変え、純粋に自分を慕ってくれているのは、正直悪い気はしない。

『なぁアリョーシャ、今日何日か分かるか』
『にじゅー…はち?』
『正解。んじゃ、これなーんだ』

 そう言って、机の上に並べてある二つの小袋を指差す。中にはやや大きめのカップケーキが並んでいた。片方の袋には水色の、もう片方には桃色のラッピングが施されている。
 目を輝かせながらアリョーシャが桃色の小袋を手にとる。お前のじゃねェから開けるなよ、と彼女の頭を撫でながら制しつつ、オトギはもう片方の水色の小袋を手に取って、アリョーシャの方へ並べた。

『これ、誰かに渡すの?』
『あァそうだよ。けど、今更なァ……』

 この二つを買う為に、寮へ帰宅しようとしていた朔太郎をひっ掴んで付き合わせた事を思い出す。
 元々甘いものが然程得意ではないオトギには、どの洋菓子店が良いかなどと分かる筈がなかった。
故に朔太郎に付き添ってもらった訳だが、今になって朔太郎の呆れたような、はたまた同情を含んだような表情を思い出し、何とも複雑な気分になる。
 もっと気の利いた物を選べば良かったのだが、そのような物を思い付ける筈もなく、今に至る訳だ。

『あっ分かった!オ』
『だーッ口に出すなッつの!』

 慌ててアリョーシャの口元を手で塞ぐ。頭では分かっているものの、口に出されると物恥ずかしくなるらしい。
 ややあってアリョーシャから手を放すと、アリョーシャはオトギの膝元から飛び降り、オトギの方へ向き直る。

『オトギ、今からわたしに行きましょ!』
『はァ?何でだよ』
『ゲヘナもオラクルも喜ぶわ、きっと』
『……だから口に出すなッてんのに……』

 嘆きも虚しく、二つの小袋を抱えながらアリョーシャはオトギの手を引いて急かす。
 オトギもようやく折れたのか、アリョーシャに引かれるままに重い腰をあげ、立ち上がる。

『しャあねェ、あいつらに投げ付けてやるか』

 奇しくも同じ日に生を受けた二人へ、せめてもの親愛と祝いの印を。





――――――――――――

軍時代の過去話。
アリョーシャちゃん、お名前だけゲヘナさん、オラクルちゃんお借りしました。


ゲヘナさん、オラクルちゃんお誕生日おめでとうございました!!



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解かれた枷―後編―




 ――何が、起こったのか。朔太郎は一瞬停止させた思考を再び巡らせる。
 軍内で開催されたマネーウォーズも終盤に差しかかった時間帯。奮戦している他の軍人達を横目に、朔太郎は顔を蒼白させる。眼前に広がるは、かつての自分の後輩であるバイセン・クリフォードが、アルジャーノン・フェルバースへと剣を突き立てていた、という信じがたい光景。バイセンの後ろには、フラッツ・アルムホルトが既に意識を失っているのか、倒れたまま動く気配が無い。
 バイセンがアルジャーノンから剣を強引に引き抜くと、アルジャーノンはそのまま床へと倒れていく。その情景がまるでスローモーションのように朔太郎には見えた。
 何故、どうして、一体何が――言葉にならない感情が朔太郎を急かし、気が付いた時には二人の下へと走っていた。

「アルジャーノン!」

 たまらず声をあげ、その場に倒れているアルジャーノンを抱える。刺された彼の右脇腹からはとめどなく鮮血があふれ出し、纏っている軍服に次々に血が染みこんで行き、溢れた血が床に滴り落ちていく。焦りと言い様のない焦燥感が混じり、何度も彼の名を呼ぶ。が、アルジャーノンはうっすらと目を開けて朔太郎を目視した後、そのまま意識を失ってしまった。
 彼の傷口を抑えながら、朔太郎の腕は震えていた。思い出したくも無い過去の記憶が揺さぶられ、掘り起こされる。かつての親友に己が刺した傷口と、目の前で倒れているアルジャーノンの傷口は奇しくも一致していた。その事実が余計に朔太郎の心理を揺らす。
 自身の胸元にある傷を抑えながら、バイセンの方を見やる。バイセンも持っていた武器を投げ捨て、朔太郎と同じようにフラッツを抱え、焦りの形相で見つめている。

「バイセン……これはどういうことだ」

 不甲斐ない事に、朔太郎の声は震えていた。いつもの口調等忘れ、バイセンを問いただす。

「俺が聞きたいぐらいだよ!そいつがフラッツをこんな状態にしなきゃ、こんな事にはならなかった!」

 クソッ、とバイセンはイラつきを隠せない様子で吐き捨てる。朔太郎は次から次へと起こる受け入れがたい事実に混乱しながらも、アルジャーノンを見やるが、彼が答えるはずもない。

「だからと言って、我を忘れてこの子を刺すのは違うだろう!」
「うるせぇな!今までのうのうと逃げてきて、今更指図する気かよ!」

 バイセンの言葉に朔太郎は反論の言葉を無くし、息を呑む。構わずにバイセンは続ける。

「オトギさんがいなくなった時だって同じだろうが!都合の良い言い訳だけして、アンタは戦闘班から逃げたんじゃねぇのか!」

 バイセンの言う事は紛れもなく事実だ。かつての親友――楠宮オトギを止められずにおめおめと生き永らえた事。彼が軍を去った事を、かつてのオトギが隊長を務めていた小隊にいた、バイセンを含む隊員達にろくに理由を告げなかった事。戦闘班に居続ける事に恐れを感じてしまい、戦闘班から逃げ、誰にも告げずに研究班へと異動した事。
 ――オトギが軍を去ってからこの五年間、何度も何度も過去から目を背け、逃げ続けていた事。
 次々に思い返される過去の記憶に、朔太郎の震えは止まらない。

「……お前に……お前に何が分かる!」
「あぁ分からねぇよ!何にも言わねぇ奴の事なんか分かる筈もねぇからな!」

 そう吐き捨て、バイセンはフラッツを抱えたまま医務室の方へ足を向け、走り去っていった。

 辺りが鮮血に染まる。その場に散らばる大剣、カットラアス、ナイフ。その場に取り残された朔太郎も、こうしてはいられないとアルジャーノンを背に担ごうと彼の腕を引く――が、その動作を一瞬止める。

『………アイツらの事、頼むわ』

 不意に、オトギの言葉が脳裏を過ぎった。
五年前のあの時、自分に殆ど意識は無かった。オトギに刺されて以降、目が覚めるまでの記憶は断片的で、ほとんど思い出せていない。
 ――けれど、あの男は確かにそう言っていた。オトギの指す“アイツら”とは、間違いなく――当時の小隊の隊員達だろう。自分の知る限りでは、オトギはいつでも自分の部下の事を、仲間の事を気にかける。そういう男だったのだ。

「……あの、言葉は……」

 オトギの言葉を、頼みを、知らない内に無視していたというのか。自分だけが彼に裏切られていたと思い込んで。この言葉こそが――奴の本心だったのではないのか。

「……とんだ、道化だな……私は」

 自分を嘲笑いながらも、ようやくアルジャーノンを自分の背に担ぎ、幼さの残る彼の顔に付着していた血液を手で拭いながらも、その場から離れて医務室へと足を向ける。自分よりも体躯の大きな彼を担ぐのには骨が折れるが、そういう訳にもいかない。

「……この子にも、いずれ謝らんといかんの」

 ようやく少し平静を取り戻した様子で苦笑する。
 朔太郎の表情には、どこか決意が表れ始めていた。






―――――――――――――――

前編の続き。

バイセンさん、
そして会話こそありませんが、アルジャーノンさん、フラッツさんお借りしました。




解かれた枷―前編―






 ――アルヴァドール・マネーウォーズ。

 毎年軍内で開催されているこの大会は、殆どの軍人達が参加して硬貨を奪い合い、最終的に獲得した硬貨の枚数が多い者が勝利というものである。
極めて単純明快、しかし腕っ節等の純粋な力ではなく、戦略性の有無も兼ね揃えた大会であるのでは、朔太郎はぼんやりと考えていた。
 番傘で肩をトントンと叩きながら、キセルを咥えて辺りを見回す。開始時刻が近づいているからか、各々がウォーミングアップなり、武器の点検なりを行っている。殺生こそは禁止なものの、戦闘自体は認可されている為、皆が皆、戦闘準備に余念がないようだ。
 かくいう朔太郎もその一人である。普段は制服を着崩し、素足に下駄というスタイルではあったが、今回は戦いに備えてか下駄ではなく、戦闘班に所属していた頃のブーツを履き、制服も着崩さずに袖を通している。
本音を言えば、今回の大会に参加する気は無かった。
 だが、先日朔太郎と同じ研究班へと配属された、後輩でもあるルカシュ・イペリア・フェルナンデス、そして戦闘班に所属している同じ東国出身の天原雛乃に、ひょんな事から大会に出ないかとけしかけられ、今こうして開始時刻を待っている。
 我ながら押しには弱いのうと苦笑していた所で、此方へとその後輩の一人――ルカシュが嬉々としてやって来た。

「朔先輩!いよいよっすね!」
「張り切っとるの、ルカシュさん。意気込みはどうじゃ?」
「勿論、優勝狙い!」
「にゃはは、大きく出たの。まぁオイラも善戦させて頂きたいが……会った時はお手柔らかにの」
「それはコッチの台詞ですって」

 などと他愛も無い会話もそこそこに、ルカシュと別れてふらふらと朔太郎は歩いていく。大会開始前から元気なものじゃの、とルカシュの様子を思い返しながら、思わず笑みがこぼれる。ハロウィンでの怪物退治の時とは違う高揚感に、朔太郎の足取りは軽かった。

 とは言え、朔太郎自身にはあまり硬貨を奪い合うという概念は無い。と言ってしまえば聞こえは悪いが、朔太郎の目的はあくまで他の軍人との戦闘にある。かつて戦闘班に所属していたこともあり、他の軍人同志達と堂々と剣を交えることの出来る、またとない機会である。手に入れた硬貨は後々どなたかに預けようかの、と大会の意図を無視するようなことを思いながらも、そう言えば、と朔太郎はとある人物を探した。
 アルジャーノン・フェルバース。確かこの大会に彼も参加すると聞いていたが、と軍施設内歩く足をやや速める。いざ大会が開始してしまえば、一時的とはいえ敵として相見えることになるのだ。その前に会っておきたいと、ふと思った。

「アルジャーノンさん!」

 ようやく見つけた、と朔太郎はアルジャーノンの元へと歩み寄る。アルジャーノンは変わらずビクリと肩を震わせながら、おずおずと朔太郎の方へと振り向いた。心なしか、普段よりも様子がおかしいように見える。

「大丈夫かの?ちょいと顔色が悪いようじゃが…」
「い、え……大丈夫、です」
「……そうかの?体調が悪いのなら、無理に参加する事はないんじゃよ?」
「ほ、本当に、大丈夫、です……あ、ありがとう、ございます」
「…なら、良いんじゃが」

 朔太郎は首を傾げながらも、本人が大丈夫だと言っているのだ、無下に食い下がることも無いだろうと思い、朔太郎は追及を止めた。少々引っかかる所があるが、これ以上は聞くだけ野暮だろう、と。

「ま、年に一回の大会じゃ。気負わず、アンタはアンタのペースでやれば良いでの」

 軽くアルジャーノンの肩を叩くとほぼ同時刻。大会の開始宣言の声が聞こえた。どうやら時間らしい。こうしてはおれんの、と朔太郎は傘を右手に持ち替え、気を引き締める。

「それではアルジャーノンさん。オイラは行くでの。御武運を」

 それだけ言い残し、朔太郎はアルジャーノンの元を後にした。

 軍内が瞬時に戦場へと変わる。
 朔太郎は柄にも無く心を躍らせながら、軍敷地内を足早に駆けて行った。





―――――――――――――

後編へ続きます。

ルカシュさん、アルジャーノンさん、
あとお名前だけですが、雛乃さんお借りいたしました。











 ――祭事というのは、誰であろうと心を高揚させるものである。街中では夜というのにも関わらず、各々の華美な衣装に身を包んだ人間達で溢れ返っていた。
 同居人である玖達にこの日――ハロウィン用にと衣装を手渡されたものの、着る気も更々無かったので、それを自宅に置いたまま何をするでも訳でもなく、棗はただ街中を徘徊していた。
 だが、子供達が親に「トリック・オア・トリート!」と嬉しそうに口にしたり、この祭に紛れて恋人達が寄り添いながら街を巡っている情景は、棗にとっては腹立たしいことこの上ないものであった。次第に気分を悪くし、街の郊外――人混みの少ない場所へと移動し、路地裏の建物の壁に背中を預けて座る。

「……なぁにがハロウィンや」

 頭に着けている黒いバンダナをやや下へとずらし、先程まで目に入っていた情景を浮かべては悪態をつく。余計に自分がみじめに感じ、苛々を募らせた。
 忘れもしない、十年前のレダ事件。自分を残し、何の前触れも無く消え去っていった両親と兄弟達。前日まで仲睦まじく笑い合っていたというのに、その当たり前の生活は風に吹かれた砂塵のように、呆気なく崩れていった。
 そういう境遇は自分だけでは無いのだろう、それは身に染みてよく分かっている。

 だが、七年前。
 初めて「殺人」という罪を犯した時。目の前で事切れた親友を目にしてから、張り詰めていた琴線が切れたのを感じた。大切だと思った者達が、次々に目の前から消えていく。その何度も襲い掛かる消失感に、自身が耐えられなくなってしまった。
 それからというもの、何度この手を紅く染めてきただろうか。恐らくは両手では数え切れないものだろう。
 はめている手袋を外し、己の手を見つめる。

「見つけたわよ、棗!」

 聞き覚えのある声に顔を上げると、そこには度々に顔を合わせては喧嘩のようなものを繰り広げている女性――リリスの姿があった。三年前に自身の親友――ルクウィルの墓前で出会って以来、何かと鉢合わせてはお互いに言い争いを繰り返している仲である。
 そんな彼女もいつもの露出過多の服装ではなく、ハロウィンよろしくそれらしい衣装を身に纏っている。手元にはお菓子の入った小袋を入れたバスケットもあり、子供達に配り歩いていたのだろう。

「……何や、お前かいな」

 リリスを見て早々、棗は眉をしかめ、分かり易く不機嫌を露にする。それにリリスは気にも留めず、辺りをキョロキョロと見回す。

「折角のハロウィンなのに、辛気臭いところにいるのね。玖達さんが貴方にも衣装を渡したって言ってたから、笑ってあげようと思って探してたのに」
「大きなお世話じゃ。あんな趣味の悪いもん着れるかい」
「随分な言い草ね。恥ずかしいから着たくなかったんじゃないかしら?」
「ドアホ、ハロウィンやから言うて着なアカン規則があんのか」
「あぁーら、ご存知かしら?そういうのを屁理屈って言うのよ」
「知ってますー。俺が着ようが着るまいが、どないでもえぇやろ。どっか行け」

 追い払ってもリリスはその場から動こうとしない。棗はその場から立ち上がり、分かり易くため息をついた。
どうも売り言葉に買い言葉とでも言うのか、こういった言葉の応酬が後を絶たない。表面上は棗も彼女を鬱陶しがってはいるものの、どうも放っておけないという他の感情が棗の中で小さく潜めていた。この感情が何を示しているのかは棗には理解できるものではないが、どこか落ち着かないものであることは確かだ。

 リリスはふふふ、と余裕のある笑みを見せる――というよりは、これは何かを企んでいる表情である。先程からバスケットを持っている手とは別の手を、背中の後ろに隠したままだ。棗は訝しげにリリスの様子を見つめる。どうも嫌な予感がした。

「……なんやねん、まだ用でもあんのか」
「こんなこともあろうかと、ね」

 リリスは後ろに隠していた手を棗の前にやる。その手にはハロウィン用に装飾された、猫耳のついたカチューシャがあった。嫌な予感はこれだったか、とこれからリリスが取るであろう行動を予測し、一際嫌そうに目を細める。

「……お前、正気か」
「お察し頂いて光栄ね。良いじゃない、猫耳くらい。似合うんじゃないかしら?」
「アホ抜かせ、自分で付けときゃえぇやろ」
「何よ、ノリ悪いんだから」

 そう言いつつも、リリスは棗の方へとにじり寄る。

――瞬間、リリスは足元に転がる小石に躓き、体勢を崩した。棗は無意識にリリスを受け止めようとするが、咄嗟の事で此方も体勢を崩れてしまい、リリスを受け止めながらも二人してその場に倒れ込んだ。後頭部を軽く地面へ打ってしまったのか、少しばかり頭がクラクラする。
 リリスが棗を敷いている事に気付き慌てて起き上がり身体を棗から離すが、途中でリリスはその動作をやめた。なにやら驚いた表情で棗の目を見つめている。
 何を見てんねん、と口にしかけた所で、棗は自身がいつの間にか身につけていたバンダナが外れている事に気が付く。
――普段隠しているバンダナの下、右目の周りに広がる痛々しい傷跡。
 レダ事件直後、このフィーダムデリア中を走り回り、家族を探していた時に出来た傷。処置もしないまま放置していた傷は治りきらずに、結果として眼球自体も失明し目蓋も開かず、目の周りには何かに裂かれた後のような切り傷の痕が、複数に渡り浮かんでいた。
 棗はリリスの視線を避けるかのように、顔を背ける。誰にもこの痕を見せるつもりは無かったというのに。

「……何か言えや」

 暫く続く沈黙に、耐えられなかったのは棗の方だった。ゆっくりと身体を起こしながら、その場に胡坐をかいて座る。髪で傷痕を隠しつつ、リリスと視線は合わせない。リリスがどういう表情をしているかは分からないが、棗は一刻も早く立ち去ってしまいたかった。
 聞いても沈黙を続けるリリスに再び耐えかね、棗は立ち上がろうと動作を起こす――が、リリスに手を引かれ、その動作をやめる。

「……ごめんなさい」

 予想だにしなかったリリスの言葉に、思わず視線をそちらに向ける。リリスは慈しむような表情を浮かべ、棗の髪をどけて目の傷口に触れる。やめろ触るな、と拒絶したくても、彼女から目を離せない。棗は自嘲気味に笑い、ぽつりと呟く。

「……気味悪いやろ、こんなん」
「そんなことない」

 棗の言葉に、リリスは首を横に振る。
 リリスの指先が、棗の目蓋を、目尻を、そっと優しく撫でていく。

「……痛かった、わよね」

 それ以上、二人は言葉が途切れる。リリスは訊ねない。傷の経緯を、理由を。
 それでも、まるで傷を癒すかのように優しく触れていた。

 リリスの指の心地良さに棗はゆっくりと目を瞑り、しばらく静かな時間に身を委ねた。






――――――――――――――――

リリスちゃん、お借りしました。





 

光の足音



※此方はそらさんの小説「泡沫花火-前編-」とリンクしております。








 ――単なる興味本位、という言葉が似合うかも知れない。

 十年以上の付き合いともなる腐れ縁の男の策略に、一枚噛んでやろうと思った。最近目立った活動もなく、身体が鈍っていた所だと、オトギはどこか高揚した様子で語る。その言葉を鼻で笑いつつ、腐れ縁の男――ゲヘナはいつも身に付けているマントを翻した。
 オトギは目の前にいる二人の女性を交互に見やる。片方は昔から馴染みのある女。もう片方は……同じ組織の少女だろうか。毅然として剣を向けながらも、どこか幼く、感情的な光を感じる。それを知ってか知らずか、ゲヘナは不敵な笑みを浮かべた。

「おいゲヘナ、オラクルの隣にいる女……知ってんのかよ」
「えぇ、一応」

 そりゃまた顔のお広いことで、と嫌味を投げかけるが、ゲヘナに軽く流される。毎度お馴染みの応酬である。
今回目的としているのは馴染みのある女――隣にいる男の片割れ、オラクルの方だ。かつての軍の同期でもあり、力を拮抗しあっていたかつての仲間。レダ事件以降消息が分からず会う事も無かったが、久々にこうして対峙すると、彼女は何処も変わっていないように思える。かつての彼女の強さを思い返し、興奮に身体を震わせた。久々に愉しくやれそうだ、と。

「さァて、向こうはやる気満々みてェだぜ。オラクルは任せてもらおうか」
「しくじったら笑ってあげますよ」
「抜かせ」

 言葉と同時にオトギは腰の鞘から剣を抜き、各々が一斉に駆け出した。一目散にオラクルの大剣目掛けて剣を振るう。激しい金属音とビリビリと身体に響く衝撃が、オトギを心地良くさせる。

「久しぶりじゃねェか、オラクル。馴染みの顔をわすれた訳じゃねェよなァ?」
「……何故貴方が此処にいるの。しかも、あの男に加担してるなんて」
「大切なオトモダチだから、とでも言えば満足か?」
「……冗談は止めて」
「はっ、十年経ってもテメェは相変わらずみてェだな!」

 剣を握る手に力を込め、オラクルの大剣を強引に弾く。体勢を揺らがせたオラクルの隙を突くかのように、オトギは素早く第二撃の剣を振るわせるが、オラクルは足を後ろに引き、寸での所でオトギの剣筋を見切って後退した。
 オトギの舌打ちを耳にしながら、オラクルは再び大剣をオトギの方へと向け、構える。

「貴方は随分と人相が悪くなったようね。……あぁ、それは元からだったかしら」
「けっ、十年経っても変わらねェお前等が”異常”なんだよ。……まァ、俺には関係のねェ事だがな」
「……軍にいたんじゃなかったの。どうして」
「さて、どうしてかねェ。お前に関係あンのかよ」
「アリョーシャを見捨てたとでも言うの?」

 “アリョーシャ”、という名前にオトギは硬直し、目を見開く。同時に脳裏に揺れ動く。在りし日の彼女の面影が焼きつく。あどけない表情で、声で、自分の名を呼んでいた少女の事を。
 先日、遺跡で一人の女に刃を向けた時以来、思い出さないようにと蓋をしていた感情がじわじわとオトギを覆い尽くしていく。あの時まで、彼女を想う事を捨てたというのに。
 ――どうして。今になって彼女の名を耳にするのか。
 オトギは唇を噛み、先程よりも光を鈍く、闇のように黒く尖らせる。それに呼応するかのように、空気がざわついた。オラクルは息を呑み、オトギを睨みつけた。

「……一番聞きたか無かったなァ、その名前はよ」
「答えなさい」
「テメェに答える義理が何処にある!」

 歪み淀んだ光を纏わせ、オトギは地を蹴って素早くオラクルの眼前へ。オラクルは大剣を縦に振り下ろすが、それを腕に付けていた鉄甲で受け止めて弾く。そして地面へ己の剣を突き刺し、大剣を握っていたオラクルの手首を掴み、本来曲がるべき方向とは逆方向へと力を込めて捻り、オラクルの自由を奪う。徐々に手の力が抜けていき、大剣がその場へ音を立てて落ちる。互いに丸腰となるが、この場は幾分かオトギに分が合った。

「…ッ、離しなさい!」
「この場でお前と決着つけてやっても良かったんだが、一応アイツの話に乗っかっただけなんでな」
「アイツの…?」
「ちィと寝てろや」

 ――瞬間、オラクルの身体に衝撃と共に鈍い痛みが走る。鳩尾に手加減の無い拳が入ったのだと気付いた時には、その場へと崩れ落ちた後だった。意識が朦朧とする。オトギはオラクルの元へしゃがみ込み、何とも言えない表情を浮かべた。謝罪と後悔を含んだような、寂しげな目へと変化する。オラクルが意識を掠めていく横で、オトギはぽつりと、聞こえるか聞こえないかといった小さい声で呟く。

「……見捨てたんじゃねェんだ、俺は」

 ――こんな落ちぶれた姿、アイツに見せる訳にゃいかねェだろ。
その言葉を聞く前にオラクルは意識を飛ばす。それを確認したオトギは、未だ交戦しているゲヘナと、金色の髪をした少女の方へと視線を向ける。此方に気づいた少女は、「オラクル!」と声を荒げていた。オトギも少女が此方に向けた怒りに気付いたものの、少女はゲヘナによって遮られる。何とも飄々とした男である。少女の剣撃を流れるように交わし、その表情は笑みを浮かべたままだ。
 ゲヘナも此方の戦闘が終わった事に気付いたのだ。そう時間をかけずに片はつくだろう。オトギは突き刺していた剣を鞘に納めてその場に座り、倒れているオラクルへと視線をやった。

「……お前も、お前の兄貴も……難儀なモンだなァ」

 聞こえている筈もない事を分かっていて、彼女に言葉をかける。
 十年も前の、まだお互いに軍服を纏い、競い合っていた頃を思い出しながら、オトギは見える筈もない空を仰いだ。






―――――――――――――――――

そらさんの小説「泡沫花火-前編-」のオトギ視点。
ゲヘナさん、オラクルちゃん、名前は出ておりませんが、ガーネットちゃん
お借りしました。





 

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