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企画用倉庫

Twitter交流企画「パンドラ」/うちの子総出学パロ企画の倉庫。

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解かれた枷―前編―






 ――アルヴァドール・マネーウォーズ。

 毎年軍内で開催されているこの大会は、殆どの軍人達が参加して硬貨を奪い合い、最終的に獲得した硬貨の枚数が多い者が勝利というものである。
極めて単純明快、しかし腕っ節等の純粋な力ではなく、戦略性の有無も兼ね揃えた大会であるのでは、朔太郎はぼんやりと考えていた。
 番傘で肩をトントンと叩きながら、キセルを咥えて辺りを見回す。開始時刻が近づいているからか、各々がウォーミングアップなり、武器の点検なりを行っている。殺生こそは禁止なものの、戦闘自体は認可されている為、皆が皆、戦闘準備に余念がないようだ。
 かくいう朔太郎もその一人である。普段は制服を着崩し、素足に下駄というスタイルではあったが、今回は戦いに備えてか下駄ではなく、戦闘班に所属していた頃のブーツを履き、制服も着崩さずに袖を通している。
本音を言えば、今回の大会に参加する気は無かった。
 だが、先日朔太郎と同じ研究班へと配属された、後輩でもあるルカシュ・イペリア・フェルナンデス、そして戦闘班に所属している同じ東国出身の天原雛乃に、ひょんな事から大会に出ないかとけしかけられ、今こうして開始時刻を待っている。
 我ながら押しには弱いのうと苦笑していた所で、此方へとその後輩の一人――ルカシュが嬉々としてやって来た。

「朔先輩!いよいよっすね!」
「張り切っとるの、ルカシュさん。意気込みはどうじゃ?」
「勿論、優勝狙い!」
「にゃはは、大きく出たの。まぁオイラも善戦させて頂きたいが……会った時はお手柔らかにの」
「それはコッチの台詞ですって」

 などと他愛も無い会話もそこそこに、ルカシュと別れてふらふらと朔太郎は歩いていく。大会開始前から元気なものじゃの、とルカシュの様子を思い返しながら、思わず笑みがこぼれる。ハロウィンでの怪物退治の時とは違う高揚感に、朔太郎の足取りは軽かった。

 とは言え、朔太郎自身にはあまり硬貨を奪い合うという概念は無い。と言ってしまえば聞こえは悪いが、朔太郎の目的はあくまで他の軍人との戦闘にある。かつて戦闘班に所属していたこともあり、他の軍人同志達と堂々と剣を交えることの出来る、またとない機会である。手に入れた硬貨は後々どなたかに預けようかの、と大会の意図を無視するようなことを思いながらも、そう言えば、と朔太郎はとある人物を探した。
 アルジャーノン・フェルバース。確かこの大会に彼も参加すると聞いていたが、と軍施設内歩く足をやや速める。いざ大会が開始してしまえば、一時的とはいえ敵として相見えることになるのだ。その前に会っておきたいと、ふと思った。

「アルジャーノンさん!」

 ようやく見つけた、と朔太郎はアルジャーノンの元へと歩み寄る。アルジャーノンは変わらずビクリと肩を震わせながら、おずおずと朔太郎の方へと振り向いた。心なしか、普段よりも様子がおかしいように見える。

「大丈夫かの?ちょいと顔色が悪いようじゃが…」
「い、え……大丈夫、です」
「……そうかの?体調が悪いのなら、無理に参加する事はないんじゃよ?」
「ほ、本当に、大丈夫、です……あ、ありがとう、ございます」
「…なら、良いんじゃが」

 朔太郎は首を傾げながらも、本人が大丈夫だと言っているのだ、無下に食い下がることも無いだろうと思い、朔太郎は追及を止めた。少々引っかかる所があるが、これ以上は聞くだけ野暮だろう、と。

「ま、年に一回の大会じゃ。気負わず、アンタはアンタのペースでやれば良いでの」

 軽くアルジャーノンの肩を叩くとほぼ同時刻。大会の開始宣言の声が聞こえた。どうやら時間らしい。こうしてはおれんの、と朔太郎は傘を右手に持ち替え、気を引き締める。

「それではアルジャーノンさん。オイラは行くでの。御武運を」

 それだけ言い残し、朔太郎はアルジャーノンの元を後にした。

 軍内が瞬時に戦場へと変わる。
 朔太郎は柄にも無く心を躍らせながら、軍敷地内を足早に駆けて行った。





―――――――――――――

後編へ続きます。

ルカシュさん、アルジャーノンさん、
あとお名前だけですが、雛乃さんお借りいたしました。







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 ――祭事というのは、誰であろうと心を高揚させるものである。街中では夜というのにも関わらず、各々の華美な衣装に身を包んだ人間達で溢れ返っていた。
 同居人である玖達にこの日――ハロウィン用にと衣装を手渡されたものの、着る気も更々無かったので、それを自宅に置いたまま何をするでも訳でもなく、棗はただ街中を徘徊していた。
 だが、子供達が親に「トリック・オア・トリート!」と嬉しそうに口にしたり、この祭に紛れて恋人達が寄り添いながら街を巡っている情景は、棗にとっては腹立たしいことこの上ないものであった。次第に気分を悪くし、街の郊外――人混みの少ない場所へと移動し、路地裏の建物の壁に背中を預けて座る。

「……なぁにがハロウィンや」

 頭に着けている黒いバンダナをやや下へとずらし、先程まで目に入っていた情景を浮かべては悪態をつく。余計に自分がみじめに感じ、苛々を募らせた。
 忘れもしない、十年前のレダ事件。自分を残し、何の前触れも無く消え去っていった両親と兄弟達。前日まで仲睦まじく笑い合っていたというのに、その当たり前の生活は風に吹かれた砂塵のように、呆気なく崩れていった。
 そういう境遇は自分だけでは無いのだろう、それは身に染みてよく分かっている。

 だが、七年前。
 初めて「殺人」という罪を犯した時。目の前で事切れた親友を目にしてから、張り詰めていた琴線が切れたのを感じた。大切だと思った者達が、次々に目の前から消えていく。その何度も襲い掛かる消失感に、自身が耐えられなくなってしまった。
 それからというもの、何度この手を紅く染めてきただろうか。恐らくは両手では数え切れないものだろう。
 はめている手袋を外し、己の手を見つめる。

「見つけたわよ、棗!」

 聞き覚えのある声に顔を上げると、そこには度々に顔を合わせては喧嘩のようなものを繰り広げている女性――リリスの姿があった。三年前に自身の親友――ルクウィルの墓前で出会って以来、何かと鉢合わせてはお互いに言い争いを繰り返している仲である。
 そんな彼女もいつもの露出過多の服装ではなく、ハロウィンよろしくそれらしい衣装を身に纏っている。手元にはお菓子の入った小袋を入れたバスケットもあり、子供達に配り歩いていたのだろう。

「……何や、お前かいな」

 リリスを見て早々、棗は眉をしかめ、分かり易く不機嫌を露にする。それにリリスは気にも留めず、辺りをキョロキョロと見回す。

「折角のハロウィンなのに、辛気臭いところにいるのね。玖達さんが貴方にも衣装を渡したって言ってたから、笑ってあげようと思って探してたのに」
「大きなお世話じゃ。あんな趣味の悪いもん着れるかい」
「随分な言い草ね。恥ずかしいから着たくなかったんじゃないかしら?」
「ドアホ、ハロウィンやから言うて着なアカン規則があんのか」
「あぁーら、ご存知かしら?そういうのを屁理屈って言うのよ」
「知ってますー。俺が着ようが着るまいが、どないでもえぇやろ。どっか行け」

 追い払ってもリリスはその場から動こうとしない。棗はその場から立ち上がり、分かり易くため息をついた。
どうも売り言葉に買い言葉とでも言うのか、こういった言葉の応酬が後を絶たない。表面上は棗も彼女を鬱陶しがってはいるものの、どうも放っておけないという他の感情が棗の中で小さく潜めていた。この感情が何を示しているのかは棗には理解できるものではないが、どこか落ち着かないものであることは確かだ。

 リリスはふふふ、と余裕のある笑みを見せる――というよりは、これは何かを企んでいる表情である。先程からバスケットを持っている手とは別の手を、背中の後ろに隠したままだ。棗は訝しげにリリスの様子を見つめる。どうも嫌な予感がした。

「……なんやねん、まだ用でもあんのか」
「こんなこともあろうかと、ね」

 リリスは後ろに隠していた手を棗の前にやる。その手にはハロウィン用に装飾された、猫耳のついたカチューシャがあった。嫌な予感はこれだったか、とこれからリリスが取るであろう行動を予測し、一際嫌そうに目を細める。

「……お前、正気か」
「お察し頂いて光栄ね。良いじゃない、猫耳くらい。似合うんじゃないかしら?」
「アホ抜かせ、自分で付けときゃえぇやろ」
「何よ、ノリ悪いんだから」

 そう言いつつも、リリスは棗の方へとにじり寄る。

――瞬間、リリスは足元に転がる小石に躓き、体勢を崩した。棗は無意識にリリスを受け止めようとするが、咄嗟の事で此方も体勢を崩れてしまい、リリスを受け止めながらも二人してその場に倒れ込んだ。後頭部を軽く地面へ打ってしまったのか、少しばかり頭がクラクラする。
 リリスが棗を敷いている事に気付き慌てて起き上がり身体を棗から離すが、途中でリリスはその動作をやめた。なにやら驚いた表情で棗の目を見つめている。
 何を見てんねん、と口にしかけた所で、棗は自身がいつの間にか身につけていたバンダナが外れている事に気が付く。
――普段隠しているバンダナの下、右目の周りに広がる痛々しい傷跡。
 レダ事件直後、このフィーダムデリア中を走り回り、家族を探していた時に出来た傷。処置もしないまま放置していた傷は治りきらずに、結果として眼球自体も失明し目蓋も開かず、目の周りには何かに裂かれた後のような切り傷の痕が、複数に渡り浮かんでいた。
 棗はリリスの視線を避けるかのように、顔を背ける。誰にもこの痕を見せるつもりは無かったというのに。

「……何か言えや」

 暫く続く沈黙に、耐えられなかったのは棗の方だった。ゆっくりと身体を起こしながら、その場に胡坐をかいて座る。髪で傷痕を隠しつつ、リリスと視線は合わせない。リリスがどういう表情をしているかは分からないが、棗は一刻も早く立ち去ってしまいたかった。
 聞いても沈黙を続けるリリスに再び耐えかね、棗は立ち上がろうと動作を起こす――が、リリスに手を引かれ、その動作をやめる。

「……ごめんなさい」

 予想だにしなかったリリスの言葉に、思わず視線をそちらに向ける。リリスは慈しむような表情を浮かべ、棗の髪をどけて目の傷口に触れる。やめろ触るな、と拒絶したくても、彼女から目を離せない。棗は自嘲気味に笑い、ぽつりと呟く。

「……気味悪いやろ、こんなん」
「そんなことない」

 棗の言葉に、リリスは首を横に振る。
 リリスの指先が、棗の目蓋を、目尻を、そっと優しく撫でていく。

「……痛かった、わよね」

 それ以上、二人は言葉が途切れる。リリスは訊ねない。傷の経緯を、理由を。
 それでも、まるで傷を癒すかのように優しく触れていた。

 リリスの指の心地良さに棗はゆっくりと目を瞑り、しばらく静かな時間に身を委ねた。






――――――――――――――――

リリスちゃん、お借りしました。





 

光の足音



※此方はそらさんの小説「泡沫花火-前編-」とリンクしております。








 ――単なる興味本位、という言葉が似合うかも知れない。

 十年以上の付き合いともなる腐れ縁の男の策略に、一枚噛んでやろうと思った。最近目立った活動もなく、身体が鈍っていた所だと、オトギはどこか高揚した様子で語る。その言葉を鼻で笑いつつ、腐れ縁の男――ゲヘナはいつも身に付けているマントを翻した。
 オトギは目の前にいる二人の女性を交互に見やる。片方は昔から馴染みのある女。もう片方は……同じ組織の少女だろうか。毅然として剣を向けながらも、どこか幼く、感情的な光を感じる。それを知ってか知らずか、ゲヘナは不敵な笑みを浮かべた。

「おいゲヘナ、オラクルの隣にいる女……知ってんのかよ」
「えぇ、一応」

 そりゃまた顔のお広いことで、と嫌味を投げかけるが、ゲヘナに軽く流される。毎度お馴染みの応酬である。
今回目的としているのは馴染みのある女――隣にいる男の片割れ、オラクルの方だ。かつての軍の同期でもあり、力を拮抗しあっていたかつての仲間。レダ事件以降消息が分からず会う事も無かったが、久々にこうして対峙すると、彼女は何処も変わっていないように思える。かつての彼女の強さを思い返し、興奮に身体を震わせた。久々に愉しくやれそうだ、と。

「さァて、向こうはやる気満々みてェだぜ。オラクルは任せてもらおうか」
「しくじったら笑ってあげますよ」
「抜かせ」

 言葉と同時にオトギは腰の鞘から剣を抜き、各々が一斉に駆け出した。一目散にオラクルの大剣目掛けて剣を振るう。激しい金属音とビリビリと身体に響く衝撃が、オトギを心地良くさせる。

「久しぶりじゃねェか、オラクル。馴染みの顔をわすれた訳じゃねェよなァ?」
「……何故貴方が此処にいるの。しかも、あの男に加担してるなんて」
「大切なオトモダチだから、とでも言えば満足か?」
「……冗談は止めて」
「はっ、十年経ってもテメェは相変わらずみてェだな!」

 剣を握る手に力を込め、オラクルの大剣を強引に弾く。体勢を揺らがせたオラクルの隙を突くかのように、オトギは素早く第二撃の剣を振るわせるが、オラクルは足を後ろに引き、寸での所でオトギの剣筋を見切って後退した。
 オトギの舌打ちを耳にしながら、オラクルは再び大剣をオトギの方へと向け、構える。

「貴方は随分と人相が悪くなったようね。……あぁ、それは元からだったかしら」
「けっ、十年経っても変わらねェお前等が”異常”なんだよ。……まァ、俺には関係のねェ事だがな」
「……軍にいたんじゃなかったの。どうして」
「さて、どうしてかねェ。お前に関係あンのかよ」
「アリョーシャを見捨てたとでも言うの?」

 “アリョーシャ”、という名前にオトギは硬直し、目を見開く。同時に脳裏に揺れ動く。在りし日の彼女の面影が焼きつく。あどけない表情で、声で、自分の名を呼んでいた少女の事を。
 先日、遺跡で一人の女に刃を向けた時以来、思い出さないようにと蓋をしていた感情がじわじわとオトギを覆い尽くしていく。あの時まで、彼女を想う事を捨てたというのに。
 ――どうして。今になって彼女の名を耳にするのか。
 オトギは唇を噛み、先程よりも光を鈍く、闇のように黒く尖らせる。それに呼応するかのように、空気がざわついた。オラクルは息を呑み、オトギを睨みつけた。

「……一番聞きたか無かったなァ、その名前はよ」
「答えなさい」
「テメェに答える義理が何処にある!」

 歪み淀んだ光を纏わせ、オトギは地を蹴って素早くオラクルの眼前へ。オラクルは大剣を縦に振り下ろすが、それを腕に付けていた鉄甲で受け止めて弾く。そして地面へ己の剣を突き刺し、大剣を握っていたオラクルの手首を掴み、本来曲がるべき方向とは逆方向へと力を込めて捻り、オラクルの自由を奪う。徐々に手の力が抜けていき、大剣がその場へ音を立てて落ちる。互いに丸腰となるが、この場は幾分かオトギに分が合った。

「…ッ、離しなさい!」
「この場でお前と決着つけてやっても良かったんだが、一応アイツの話に乗っかっただけなんでな」
「アイツの…?」
「ちィと寝てろや」

 ――瞬間、オラクルの身体に衝撃と共に鈍い痛みが走る。鳩尾に手加減の無い拳が入ったのだと気付いた時には、その場へと崩れ落ちた後だった。意識が朦朧とする。オトギはオラクルの元へしゃがみ込み、何とも言えない表情を浮かべた。謝罪と後悔を含んだような、寂しげな目へと変化する。オラクルが意識を掠めていく横で、オトギはぽつりと、聞こえるか聞こえないかといった小さい声で呟く。

「……見捨てたんじゃねェんだ、俺は」

 ――こんな落ちぶれた姿、アイツに見せる訳にゃいかねェだろ。
その言葉を聞く前にオラクルは意識を飛ばす。それを確認したオトギは、未だ交戦しているゲヘナと、金色の髪をした少女の方へと視線を向ける。此方に気づいた少女は、「オラクル!」と声を荒げていた。オトギも少女が此方に向けた怒りに気付いたものの、少女はゲヘナによって遮られる。何とも飄々とした男である。少女の剣撃を流れるように交わし、その表情は笑みを浮かべたままだ。
 ゲヘナも此方の戦闘が終わった事に気付いたのだ。そう時間をかけずに片はつくだろう。オトギは突き刺していた剣を鞘に納めてその場に座り、倒れているオラクルへと視線をやった。

「……お前も、お前の兄貴も……難儀なモンだなァ」

 聞こえている筈もない事を分かっていて、彼女に言葉をかける。
 十年も前の、まだお互いに軍服を纏い、競い合っていた頃を思い出しながら、オトギは見える筈もない空を仰いだ。






―――――――――――――――――

そらさんの小説「泡沫花火-前編-」のオトギ視点。
ゲヘナさん、オラクルちゃん、名前は出ておりませんが、ガーネットちゃん
お借りしました。





 

咲く花の蕾




※本作品は、ZENさんの小説
洞-うつろ-
具-つぶさ-
の続きとなっています。










『夢見が悪かっただけだ』

 任務中そう口にしていた彼女の様子がいつもと違っていた事は、シルヴィスも気づいていた。どうしてそこで深く追及しなかったのか――否、追及した所で彼女に気圧されてしまえば、あの場では深く問う事が出来なかったのは事実だが。

(我ながら情けないな……)

 諜報本部から医務室へと続く廊下を足早に駆けながら、シルヴィスは眉間に手を当てる。どうして彼女の怪我までに気が付く事が出来なかったのかと。
 よくよく思えば不自然な事であった。普段の彼女ならば任務中でも、自分より優先して安全な場所へと先導し、あの赤く綺麗な鳥の姿を以て逃げ帰る事が出来た筈だ。しかし、今日はそれをしなかった。頼られていたのだろうか、と自惚れて密かに浮かれていた自分がとても浅ましく思う。
 ましてや、任務中ずっと傍にいた自分よりも先に、上司であるホヅミが彼女の異変に気づくとは。シルヴィスよりも幾分も女性の扱いが慣れているのもあるのだろうが――やはり、長年の功なのだろうか。シルヴィスに少々の悔しさが残る。

「…っと、今はそういう事を考えている場合じゃないな…」

 駆け足になりつつも、彼女が向かったであろう医務室へと急ぐ。彼女も元は救護班、医療技術は申し分もないだろうし、自分が足を運んだ所で何も出来ないかもしれない。
 それでも、シルヴィスは彼女の元へと向かわずにはいられなかった。

「ヴェラ君っ!」

 医務室に明かりが灯っている事を確認し、勢い良くドアを開けた。医療班の人間達が帰った後の沈黙に満ちた部屋の中には、案の定彼女――ヴェルヴェットが医療箱を棚から降ろしているところだった。ヴェルヴェットは予想だにしなかった訪問者に、目を丸くして驚いている。

「シルヴィス…?お前、何故此処に」
「ホヅミさんの言う通りだった。……怪我を、しているんだろう」

 駆けてきたことにより少々荒くなった息を整えながら、ヴェルヴェットの元へと歩み寄る。ヴェルヴェットは目を逸らしつつ、「あの男め、余計な事を……」と悪態をついた。その言葉は彼女の直接的上司であるホヅミに向けられたものだろう。

「任務の時に気付かなかった私もいけないが、何故教えてくれなかったんだい?知っていれば……」
「『任務になど行かせなかった』とでも言うつもりだろう。そういう気遣いは御免だ」
「……相変わらずだね君は。仲間として心配をするのは当然だと思うのだけれど」
「お前が心配性なだけだろう。もう外も暗いんだ、早く帰れ」

 そう言ってヴェルヴェットはシルヴィスを手で追い払おうとする。が、シルヴィスは立ち退こうとするどころか、ヴェルヴェットの右腕を優しく自分の方へと引いた。

「そういう訳にはいかないよ。……傷を見せてくれないか。君程器用では無いが……手当てくらい、させてほしい」

 普段ならば緊張で女性の手を引くだけで緊張してしまう男ではあったが、今宵ばかりは少々違う様子を見せている。
 渋っていたヴェルヴェットを半ば強引に長椅子へと座らせ、服の袖をゆっくりとめくって行く。
 彼女の白い右腕に広がる大きな傷痕を目にし、シルヴィスは眉をひそませた。深さこそ大した事はないものの、二の腕から手首にかけて裂かれた傷痕は、見ている此方からしても思わず声をあげたくなる程だった。
 この傷を抱えたままよく潜入任務などこなしたものだ、とシルヴィスは小言を口走りそうになったが、敢えて口にはしない。彼女が任務中えらく不機嫌だったのを思い出し、また突っぱねられる訳にもいかないと考えたからだ。
 なるべく彼女が痛みを感じないよう、傷口を消毒液の染み込ませたコットンで拭っていく。やはり傷口に染みるのか、ヴェルヴェットは時折眉間にシワを寄せながら痛みを我慢する。

「……何処で怪我をしたのか、聞いても良いだろうか」

 伺うように、そうシルヴィスは呟く。ヴェルヴェットは黙ったまま右腕をシルヴィスに預け、シルヴィスが自分の腕を手当てしていく様を見つめている。
 聞いてはいけなかったかな、とシルヴィスは苦笑した。彼女は諜報部の人間。矢継ぎ早にいつ、何処で、誰に、と聞いても、恐らくは答えてはくれないだろう。仕事柄、というのもあるが、彼女はそういう人柄だ。
 傷口にガーゼを当て、ゆる過ぎずきつ過ぎずの感覚で、丁寧に包帯を巻いて行く。
ワルキューレに所属した当初からよく医療班に世話になっていた(医療班の人間達の手際を見ていた)からか、シルヴィス本人の手際の良さもなかなかの物だった。

「……遺跡に行っていた」
「遺跡?」

 返ってくるとは思わなかったヴェルヴェットの返事に、シルヴィスは間の抜けたように彼女の言葉を繰り返した。
 このフィーダムデリアには何百年前かに滅びた王家の遺跡がある。シルヴィスも幾度も彼女と共に足を運んだ事があり、其処ではいつも遺跡に常駐している考古学者である彼女の兄――ユリシーズの熱弁を興味深く聞いては、本屋に足を運んで遺跡関係の本を読んでいた事は自身の記憶にも新しい。お陰で遺跡に関する知識を得られたというものだ。

「ユリシーズさんに会いに行っていたのかい?」
「いや、それもあるが、また別件だ」
「別件?」
「墓参りだ、父の」

 ヴェルヴェットの言葉に、シルヴィスは思わず口を噤んだ。彼女の過去に立ち入ってしまったのではないかと、次に続ける言葉を失い、包帯を巻く手が止まる。
 その様子にヴェルヴェットも気が付いたのか、あいている左手の指でコツン、とシルヴィスの頭を叩く。

「いらん気を回すな。もう十数年も昔の事だ」
「う……すまない。立ち入った話を聞くつもりでは無かったんだが……」
「何を今更。……シルヴィス」
「ん、何だい?」

 包帯を巻き終わり、これでよし、とヴェルヴェットの腕を放しつつ、ヴェルヴェットの問いに耳を傾ける。

「お前は、何故ワルキューレに入った」

 その問いに、シルヴィスは言葉を詰まらせた。
 ――十年前のレダ事件により、シルヴィスはかけがえの無い幼馴染を、友を失った。その悲しみの中で、唯一自分の傍にいてくれたのが、かつての親友だった。親友を兄のように慕い、同じく永久機関に大事な者を奪われた人間として、彼と共にこの世界の為に戦いたい。そう思ったものだ。
 しかし、シルヴィスが十八の年になった頃。親友に「共にワルキューレに入らないか」と誘ったものの、それを親友は断った。シルヴィスにはその事が理解出来ずに、今に至る。志を同じくしていたと思い込んでいた自分にも非はあるのかもしれない。けれど。

『ずっと一緒なんて、ある訳でもねぇだろ。今のまんまお前じゃ、一人で何も出来ない人間になっちまうぜ』

 親友の言葉が未だに耳に残っている。突き放された気がしたあの感覚。今思えば、子供の癇癪だったかもしれない。売り言葉に買い言葉、とでも言えば良いのだろうか。随分と彼に酷い言葉を投げかけてしまった。
 五年前のあの日以降、彼とは一度も会っていない。
 自分は彼への当て付けのように、自分一人でも結果を出したくて、ワルキューレへと入った。今、彼は何処で何をしているかは、自分が知る由もない。

「…シルヴィス?」

 俯いたまま沈黙状態だったシルヴィスを気にしたのか、ヴェルヴェットが顔を覗かせる。シルヴィスはハッと我に返りながら、自虐を含めた様子で苦く笑う。

「……動機は不純だよ。永久機関をこのままにしておけなかった、というのは勿論だが……私は……友に、認めて貰いたかっただけなんだ」

 隣に誰もいなくても、成果を出せるように。認めてもらえるように。
 それだけ言って、シルヴィスは誤魔化すように笑う。

「そういうヴェラ君は、どうしてワルキューレへ?」
「……先程の続きにもなるが、ひとりのゴッドチャイルドに会ってな」
「ゴッドチャイルド……」

 途端に、シルヴィスの表情がまたしてもやや暗くなった。
 それを知ってか知らずか、ヴェルヴェットは言葉の先を繋げる。

「父は落盤事故により死んだと思っていた。……だが、真相をそのゴッドチャイルドから聞かされ、私は今此処にいる」

 今こうしているのも、そいつのお陰という訳だ、とヴェルヴェットは語る。
 シルヴィス自身は、ゴッドチャイルドの事をあまり好いてはいなかった――否、あのレダ事件を引き起こした因果もあり、何処か苦手だ、といった印象の方が強いのだろう。ヒトと同じ形をしてはいるが、ヒトざらなる者。故に少々恐ろしさを感じているのが本音だ。

 だが、ヴェルヴェットは違う。少なくとも、自分のようにゴッドチャイルドに対して恐怖感を抱いたりしてはいない。

「……君は、本当に強いんだな」

シルヴィスは先程包帯を巻き終えた彼女の手を、再び取る。

「いや、強いというと語弊があるかもしれないが……。時折心配になってしまうんだ。諜報部員である以上、気軽に話すなんて事はあってはならない。それは分かっている。……だけど君は、君自身の事まで、黙してしまうだろう?」

 そう言いながらシルヴィスは立ち上がり、ヴェルヴェットの目の前へと移動した。彼女の手を取ったまま、片膝を付いて、彼女の目を真摯に見つめる。

「私では頼りにならないかもしれない。それでも私は、君にもっと頼って欲しいと思っている。同じ仲間として……」

 そう言い掛けて、あぁ違うな、こう言いたい訳じゃない、とシルヴィスは首を振る。シルヴィスが何を言わんとしているのか、ヴェルヴェットには理解し難かった。が、シルヴィスは少し頬を赤らめた後、咳払いをして再び彼女を見つめ、両手で彼女の手を握った。
 いつになく真剣な表情のシルヴィスに、ヴェルヴェットは黙ったままその目を見つめ返す。

「私に、貴女を護らせて欲しい。仲間としてではなく、同僚としてでもなく。…わ、私は君が――」

 その時であった。シルヴィスの言葉を遮るかのように医務室の扉が勢い良く開き、その音と共にシルヴィスはビクッと身体を震わせ、ヴェルヴェットの手を握っていた両手を素早く離し、逃げようとした――が、足を滑らせて椅子に頭を打ち付けた。何とも間抜けな光景である。

「ごめんなさいっ、私医務室の戸締りを忘れてて…!って、あれ?」

 医務室に入ってきたのは、ワルキューレの医療班の一人――ヴェロニカ・カルリーニだった。手にはこの医務室の物であろう鍵が握られており、大方戸締りにやってきたのだろう、とヴェルヴェットは倒れているシルヴィスを横目に、軽いため息をつく。

「丁度良かった。腕の手当てに、此処の備品を少し借りたぞ」
「あ、はい!……あの、シルヴィスちゃんは…大丈夫…?」
「放って置け、コイツに怪我は無い。……あぁ、此処の戸締りは私達がしておくから気にするな」

 ヴェルヴェットとヴェロニカ、二人のやり取りを耳に挟みながらシルヴィスはようやく起き上がり、二人に分からないように頭を抱えてゆっくりと、しかしこれ以上ない深いため息をついた。未だに心臓の高鳴りが収まらず、打ちつけた額がズキズキと痛む。

(あぁもう……何をやっているんだ私は……)

 また言えなかった……とシルヴィスは肩を落としながら、ヴェロニカと談笑しているヴェルヴェットの背中を見つめる。いつもこうなのだ。今まで何度か、彼女に思いを伝えようと試みたことはある。だが何の因果か、必ずこうして上手くいかず、失敗に終わるのだ。今までの失敗回数を指折り数えながら、再び大きなため息をつく。

(……しかし、これで良かったのかもしれない、な……)

 彼女に想いを伝えるには、まだまだ自分は成長不足なのだろう、と自分を省みて納得する。もっと、彼女に相応しい男にならなければ。

――いつか、堂々と彼女に伝えられるように。

 まだまだ、シルヴィスの苦難の道は続くようである。







―――――――――――

ヴェルヴェットさん、ヴェロニカちゃん、
あとお名前だけですが、ホヅミさん、ユリシーズさん
お借りいたしました!





 

アレグロ






「……お前、何処かで見たことある光だな」

 ほのかに夏の日差しが薄れ始めた九月、昼下がりの中央街の外れ。
 アパートへの帰り道ですれ違いざまの男の声がアロウの足を止めた。男は薄味の悪い笑みを浮かべ、此方を見つめる。
 アロウとは視線が噛み合っていない――恐らくは視界を闇にとらわれた、盲目の男。アロウの姿など、目には見えてはいないだろう。
 だが、男の言葉には何か引っかかるものがある。

「人違いじゃねぇのか、少なくとも俺はお前を知らねぇぞ」
「あァ知らねェだろうよ。俺もお前の事なんざ知りゃしねェ」

 くつくつと笑う男が、妙に勘に障る。
 先程の男の言葉――”何処かで見たことのある光”とは、一体誰の事なのか。男と初対面であるアロウに心当たりがあるはずもなかった。
焦点の合っていない男の目を訝しげに見返しながら、提げていた買い物袋(といっても買い溜め用の食材ばかりだったが)を地面に置いた。どうもこの男は気に入らない。

「因縁ふっかけてくんならかかって来いよ、俺は気が長い方じゃねぇ」

 自分の拳を合わせ、男を挑発する。
 すると男はニタリと、楽しそうに笑いながら剣を抜いた。

「はッ、良い空気だ。せいぜい楽しませてみろ!!」

 声と同時に、男が斬りかかって来た。持っていた剣を左から右へ、身体を捻らせながら一閃を描く。アロウは素早く体勢を低くしてその剣を交わし、男の二撃目を近くにあった木の棒を掴んで寸での所でそれを受け止めた。
 そして受け止めた男の剣を強引に押して弾き、すかさず引いて男との間隔をあける。
 ――強い。アロウがこの僅かな間に肌で感じた事はそれだった。体格差は自分よりも一回り小柄の癖に、それを感じさせないぐらいに力は互角、否、此方の方がやや押し負けていた。買い出しのために街へと出ていたので、自分がいつも使用している武器を持っていなかったのが悔やまれる。
 二撃目、男はアロウの足を狙い剣を滑らせる。タイミングを見計らってアロウは地面を蹴って飛び上がったものの、その動きを見抜かれていたのか、即座に剣の軌道を変え、上へ――アロウの顔面目掛けて振るった。咄嗟に避けるものの、その風圧で目の下に鋭い痛みが走る。

「ちっ……丸腰相手に得物使うたぁ、自信ねぇのかよ、アンタ」

 切れた所から流れる血を、鬱陶しげに指で擦りながらアロウは尚、男を挑発する。アロウの性分が負けず嫌いというのもあるが、どこかに男の隙を見つけなければ、今のアロウには到底勝ち目は無かった。
 男は剣を振るう手を止め、何を思ったか剣を腰につけてある鞘へと仕舞った。
 そして、先程まで楽しげな笑みを浮かべていた表情が途端に険しくなったかと思えば、素早くアロウの懐へと入り込み足払い、体勢を崩した所でアロウの髪を掴み、そのまま地面へと身体ごと叩きつけた。

「自惚れんなガキが。此処でその首へし折っても良いんだぜ」

 此処でお前が死のうが、俺は困らねェからな。と、男はアロウの手の甲を踏みつけ、見下す形で吐き捨てる。アロウは髪を掴まれた状態のまま男を睨み返すが、男の非情な目つきには寒気を感じる。
 単純に、アロウとオトギでは戦闘における場数が違うのだろう。男は随分と戦い慣れている。でもなければ、光を灯さないその目で戦い抜くなどと不可能な筈だ。
 何とかしてこの場を切り抜けなければ――そう考えるが、自由を奪われた状態ではどうしようもない。

 だがその時、男は不意にアロウと視線をはずし、別の方向を睨む。

「……何か言いたげだな、ゲヘナ」

 男の声は、別の人間に向けられていた。

「いいえ、随分楽しそうに弱い者いじめをしていたようで」

 頭上から、別の男の声が聞こえる。と同時に男はアロウの方に対する興味が薄まったのか、アロウを抑えていた手を離し、解放する。

「相変わらず趣味が悪ィな、見てたんかよ」
「傍観、ですよ。貴方の喧嘩に割って入るような面倒な事はしたくなかったので」
「ケッ、それを趣味悪いっつーんだよ」

 男は立ちあがり、完全に興が逸れた様子でアロウに背を向ける。隣には、その男よりも一回り細身の金髪の男。身に付けている黒いマントを翻しながら、その後を付いて行く。
アロウも痛みが残る身体を起こしながら、待ちやがれ、と男に声を掛けた。
 男は気だるそうにアロウの方を振り向く。

「……なんだァ、まだ俺に用でもあんのか、ガキ」
「そりゃこっちの台詞だ、見逃すとでも言うつもりかよ」
「自惚れんな、そう言ったろうが。……あァ、そうか」

 一人納得したように、男は再びアロウの方へと向き直り、アロウの胸倉を掴む。

「お前……あの女のガキかよ」
「……はぁ?」

 何のことかと、アロウは素っ頓狂な声を上げる。が、その言葉に男からは思わず笑い声が漏れた。

「くっははは、成程なァ、道理で光が似てやがる。こいつは良い土産話になるぜ」

 一人納得した様子で、男はアロウの胸倉を離し、再びアロウに背を向け、そのまま去っていく。

「待てってんだよ!お前、何の話してんだよ」
「テメェに教えてやる義理ァねェな。家に帰って考えてみるこった」

 そう言い残して、金髪の男と共にフェイルリード特区の方へと消えていった。
 アロウはあちこちの擦り剥いた所を払いながら、男達が去っていった方向を見つめる。

「……あの女の、子供……?」

 男が言い残した、“女と光が似ている”とは、どういうことなのか。アロウの思い当たる節は一つだけ。
 ――しかし。しかしそれは。

「……ンな訳、あるかよ……」

 アロウは苦虫を噛み潰したような、険しい表情を浮かべ、しばらくその場に立ち尽くしていた。








――――――――――――――

アロウと(名前出てないけど)オトギのお話。
ゲヘナさんお借りいたしました!






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