忍者ブログ

企画用倉庫

Twitter交流企画「パンドラ」/うちの子総出学パロ企画の倉庫。

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

再会。-後編-






 オトギが少女――アリョーシャの光を間違える筈がなかった。
 何度も何度も迷っていた自分に導を立ててくれた光。
 黒く歪みきった今でも、根強く己の胸中で瞬いている、眩しくも暖かい光を。

「…………、な、んで……」

 乾いた喉から発せられた声は、今にも消え入りそうな程に小さかった。アロウに向けられていた剣先が、オトギの腕と共に力無く地の方へと降りていく。
 見てとれる程に動揺し、隙だらけなオトギに対して、アロウは反撃を行う事も容易であった――だが、出来なかった。先程までの残忍な表情が抜け落ち、見えぬ目で少女の光を捉えようとしている彼の姿に、戸惑ってしまったのだ。

「ヴェラに聞いたのよ。オトギはここにいるって」

 アリョーシャは真っ直ぐな目でオトギを捉える。その仕草は昔――オトギがアルヴァドール軍に在籍していた頃――から何も変わってはいなかった。どこまでも純真で、変わらずに自分を慕っている目だ。それはオトギにも痛いほどに通じていた。

 ――何故、こうも変わらずにいられる。

「近寄ンな!!」

 手にしていた剣先を、すぐ近くまで寄ってきていたアリョーシャの眼前へと向けた。アリョーシャの光の歩みがピタリと止まる。色が変わっていく。

「ゴッドチャイルドが何にしに来た。自ら捕まりに来たとでも言うのかよ」
「捕まったら、オトギと一緒にいられる?」

 アリョーシャの言葉に、オトギの表情が、光が、黒く歪んでいく。昔から彼女はこうだ。発する言葉に、感情に、一辺の迷いもない。
 昔は彼女の真っ直ぐな言葉で前を向く事が出来た。
 ――けれど、今は。

「ふざけんじゃねェよ!殺されたいか!!」

 オトギの柄を握る手に力が入る。
 再びアリョーシャが前へ足を踏み出そうものなら、その剣先は間違いなく彼女の首元を貫くだろう。
 しかしアリョーシャ自身には、一切の怯みもなかった。ただただ、目の前の剣先の主を見つめている。

「……これ以上近付いてみろ、アリョーシャ。二度とそんな口が聞けねェようにしてやる」
「てめぇ!無抵抗の人間まで、」
「関係ねェ奴は黙ってろ!!」

 この状況を見かねたアロウが口を挟むが、その声をオトギの怒号が遮る。
 余程に余裕がない様子であることは、今は単なる傍観者でしかないアロウにも十分過ぎる程伝わっていた。その事はオトギ自身も感じているのだろう。アロウから感じ取れる、困惑の色。
 何故、自分はたった一人の少女に対してこんなにも動揺しているのか。

「コイツは人間でもねェ、軍が所有していたゴッドチャイルド様なんだよ!昔優しくしてやったのが余程お気に召したんだろうな。こんな所までノコノコ来やがって」

 オトギは動揺を隠すように、忌々しく言葉を吐き捨てる。

「昔とは何もかも違ェんだよ、アリョーシャ。その頭で分かったならとっとと帰れ。……二度と面見せんじゃ」
「変わってないわ、オトギは」

 先程まで沈黙を保っていたアリョーシャの凛とした声が、オトギの表情の色を変えた。
 アリョーシャは剣先に手を添え、柔く横にずらしてオトギの元へ、一歩、また一歩と歩み寄っていく。

「昔と変わっていない、オトギの心にある光は」

 オトギの胸元へ、そっと掌を当てる。オトギから発せられていた刺々しくアリョーシャを取り巻いていた黒い光が、溶けるように消失していく。
 その場でアリョーシャを斬り捨てる事など容易い。その手を振り払うことも造作ない筈――だった。
 次々に脳裏から溢れる彼女と過ごした過去の記憶が、それらの行動を躊躇わせていた。

 最後に彼女を目にしたのはいつだったろう。
 その日も任務に自分も付いて行くと言って聞かず、自分の服の裾を握っていた手。聞き分けのないその手をやんわりとほどいて宥めていた事を思い出す。また帰ってくるから、と。

 長く会わない内に大きく、暖かくなっていたアリョーシャの手を、オトギには振り払う事が出来ない。手にしていた剣を地面に落とし、ぼんやりと映えるアリョーシャの光を目で捉える。
 封じ込めていたはずの感情が、まるでアリョーシャの手によって放たれていくようだった。

 ――誰よりも、彼女に会いたかったのだと。


「アリョーシャさん!!」

 聞き覚えのある声によって、現実に引き戻されたような気がした。アリョーシャが振り返り、オトギが顔を上げる。
 その先は、一度は道を違えた“元”親友――椎束朔太郎の色が見えた。オトギは堪らず息を飲む。その行動は朔太郎も同じだった。

「……オ、トギ……か……?」
「………今日は馴染みによく会う日だな」

 表情を苦くしながら、オトギはアリョーシャの手をようやく振り払った。地に落ちた剣を拾い、アリョーシャに、朔太郎に背を向ける。
 アリョーシャが再びオトギの手を取るも、先程までの動揺は何処へ行ったのか、強引に突き飛ばす。体勢を崩したアリョーシャを朔太郎が受け止めるが、彼女は体勢を直し、尚オトギを追おうとする。

「来んじゃねェ!」

 背を向けたままアリョーシャを制す。朔太郎もアリョーシャの肩に手を置き、目の前の男を追う事を良しとしない。アリョーシャの朔太郎への訴えは、朔太郎が首を左右に振る事でいなされてしまった。

「……おい、ガキ」

 次に放ったオトギの言葉は、アロウに向けられていた。呆然としていたアロウは、その声が自分に宛てられたものだと理解するのに時間がかかったようだ。

「潮時だ、帰ンな。オラクルはあのまま捕まってる女じゃねェ」
「……お前、オラクルを昔から知ってんのか?」
「……古い馴染みだよ」

 それだけアロウに言い残し、オトギはその場を去っていく。アリョーシャはやだ、オトギ!と何度も名を呼ぶ。

 オトギがその声を受けて振り返る事は、無かった。








―――――――――――

アリョーシャちゃん、お借りしました!




PR

鏡合わせ。




 世界には自分と同じ顔付きをした人間が三人いると、聞いたことがある。今までは迷信として小耳に挟んだ程度であり、信憑性など気にしたこともなかった。
 何故不意にそんなことを思い出したのか。

「初めまして。……と言った方が宜しいかしら」

 自分と同じ髪色、目。声色こそ非なるものの、目の前に立つ女性は、余りにも自分と似すぎていた。彼女が手に持つ扇子を広げて口元を隠すと、余計に瓜二つのような気がしてならない。
 気味の悪さに眉をしかめたまま呆然としていると、女性は軽く息を吐いた。冬も近くすっかり冷え込んだ空気は、息を白いものに変える。

「この地に来たら会うだろうとは思っていたけれど……本当に会ってしまうなんてね」

 同じ表情で朔太郎を見つめる。
 口振りからして、どうも朔太郎の事を知っているようだ。朔太郎の方にはまるで身に覚えがない。
 だが、初対面の割には何故か妙な気持ちが芽生える。昔から知っているような――とにかく、初めての気がしないのだ。

「アンタ、一体誰なんじゃ。オイラには……」
「……忌々しい。お爺様の口調を真似するなんて」

 目を細めて朔太郎を睨む。そして扇子をパチン、と音を立てて閉じると、その先を朔太郎の方へと向けた。

「しかし今は好都合。……椎束朔太郎、貴方の持つ"剣"をお渡しなさい。あれは貴方が持つに相応しくない代物です」
「……!何でアンタが"剣"の事を知っとる。あれは、」
「椎束家の人間しか知らない、と言うならば答えは解りきっているのではないかしら?……それとも、解りたくないだけかしらね」

 目の前の彼女から紡がれていく言葉に、朔太郎の思考はどうもついていけていない。

 彼女のいう剣は、椎束家の現当主から次期当主へと預けられる刀の事である。
 五代目当主である朔太郎の父・椎束影月(しいたばえいげつ)が朔太郎へと刀を預けた事は紛れもなく事実なのだが、その事は椎束家に連なる人間しか知らされていない筈。ましてやこのフィーダムデリアには、朔太郎のそういった経緯を知る人間すらごく僅かだ。

 ――解りたくない。彼女の言う通りそうなのかもしれない。
 先程から脳裏にちらつく、一つの仮定。それが真実であると確かめる事を恐れているのだ。

「そこまでにしておくさね、お嬢」

 朔太郎の後方から聞き慣れた声がした。振り返るとそこには白井雪白の姿。

「雪兄さん?!」

 朔太郎と目の前の女性、二人が同時に彼の名を呼ぶ。全く同じ呼称で。呼ばれた主は何食わぬ顔で二人の間に割って入る。

「お嬢、あっしと朔坊は仕事帰りで疲れとる。その話は今度にしておくんなせ。疲れている人間に無理強いするような娘でもないさね?」
「……その男の肩を持たれるのですか、兄さん」
「そういう心算はないさね。しかし、お前さんが知っている事は朔坊は知らない。そういうのは不平等かと思っただけだわな」

飄々、といった言葉が似合うのだろうか。白井は朔太郎の肩に手を載せながら、女性の方へと視線をやる。
ややあって、女性の方が折れたのか口元に扇子を当てて軽く溜め息をつくと、此方の方に背を向ける。

「……この場は兄さんのお顔を立てておきます。我ながら出過ぎた真似をしてしまいました」

声にはやや不服の色が灯っているものの、白井の言葉は最もであると理解したらしい。

「ですが、私は諦めた訳ではありません。……次に会った時は……椎束朔太郎。貴方から必ず、“剣”は頂戴致します」

その言葉を最後に、女性は二人の前から去って行った。朔太郎の表情からは未だ困惑の色が見える。
それを知ってか知らずか、白井は朔太郎の額をコツンと指で叩きながら、朔太郎の目を見つめ微笑んでいた。
朔太郎はそんな白井の様子を怪訝に思い、堪らず問いかける。

「……兄さんは、全部知っておるのか」
「曲がりなりにも朔坊の家とは親交が深い。それなりに事情は把握してるさね」
「なら、あの女性は……!」
「待たんせ、あっしから全部話を聞く気かね?」

白井も途端に真面目な表情となり、朔太郎はその先の言葉を濁す。

「あっしから話を聞く事は簡単。……しかし、朔坊はそれで良いと思っとるね?」
「……すまない。兄さんの言う通りじゃった」
「謝る事は無いさね。……あっしの助けは無くても、朔坊は大丈夫とね?」

白井の言葉に朔太郎は強く拳を握る。
自分なりに“あの子”と向き合いーー前を向くと決めたばかり。
ならば、取るべき行動は一つ。

「あぁ。……父様に、直接問いただすまでじゃ」

朔太郎の目に確かな光が灯る。
それを見て、白井はまた柔らかく微笑んだ。




ーーーーーーーーーーーー

白井兄さん、お借りしました!





再会。-前-






「……また会ったみてェだな、クソガキ」

 ピリピリとした空気の中で、目の前の小柄な男は薄い笑みを浮かべる。
 アロウがその男を忘れる筈も無かった。手に持つ大型の斧――バルディッシュを両手に握り締めながら、男の方へと其れを向ける。

「まさか永久機関の人間だとはな。納得したぜ、そのツラ」

 約二ヶ月前に街でアロウと対峙した男。
アロウより一回りも二回りも背丈が小柄であるにも関わらず、力には自信のあった自分をいともたやすくいなした人物。という事がアロウには相当な屈辱だったらしい。
 アロウの嫌味混じりの言葉を、男は気にも止めず鼻で笑う。

「ハッ、口の減らねェガキが。御礼参りのつもりかよ」
「それはついでだ。……オラクルの場所、知ってんだろ、吐けよ」

 この男と対峙した以上私情も含まれるが、優先すべきはオラクルの所在である。
 数日前に永久機関の人間に拐われたというガーネットの話を聞き、ヴィクター等同じユグドラシルの同志数人でこうしてオラクル救出の為に出向いたのだ。目的を忘れてはいけない。アロウ自身もその事は重々に承知していた。

「……ふゥん、お前もあのユグドラシルだかいうトコのモンか」
「だったら何だってんだ」
「確か、ゴッドチャイルドを保護だとかなんだとかほざいてる連中だったかね……くだらねェなァ」

 そう言って男は腰に付けていた剣を引き抜き、その切っ先で空を切った。男から発せられるジクジクとした黒い殺気のようなものが、アロウの肌にも伝わる。

「くだらねぇだと?くだらねぇ研究してんのはテメェら永久機関の方だろうが!」
「吠えてんじゃねェよ、俺は機関の研究なんざ興味ねェ」

 先に動き出したのは男の方だった。即座にアロウの方へと詰め寄り、右手に握る剣を上から下へ、アロウの頭を狙いに斬りかかって来た。アロウは片足を後ろに引き衝撃に備えながら、同時にバルディッシュの柄を横に構えて男の剣撃を受け止める。
 思っていたよりも男の一撃は重く、舌を打ちながら力ずくに柄を振って男を振り払った。しかし男の表情は余裕そのものであり、宙を返りながら後退する。

「教えてやるぜ、クソガキ。機関の研究員の中にも、馬鹿な奴はいるもんなんだよ。ゴッドチャイルドを自分の研究の為じゃねェ、護る為にだとかなんとかほざいていた奴がな。ーーお前によく似た色のした女だ」
「……俺に、似た……」

前にもこの男からその話を聞かされていた。その時から、アロウの中で一つの仮定が生まれている。ただ、それを口にする事は、自身の中で少々躊躇いがあった。
ーーだが。

「その女……もしかして、ハリエットとかいう……」
「ハッ、心当たりはあったみてェだな。アタリだよ!」

アタリ、という男の回答にアロウは身体を強張らせた。
忘れるはずもない、そのハリエットという名前はーー

男はアロウの空気の揺らぎを敏感に察知し、直様アロウに向けて剣を振るった。今度は身体の捻転を加え、先程よりも重いのが来る。とアロウは頭では理解していた。だが、身体が完全に硬直してしまっている。仮定が確信へと変わった時の衝撃は、アロウ自身予測だにしていないものだった。
ーー避けられねぇ……!

「オトギ!!」

咄嗟に目を瞑り男からの一撃を確信した刹那の事であった。聞き覚えの無い少女の声に、男の動きが止まった。剣筋は寸での所、アロウの腹部の手前で停止していた。
声のした方へ振り向くと、そこにはゆらゆらと光のように揺らめく、表情にあどけなさの残る少女が、男の姿を見て目を輝かせていた。





ーーーーーーーーーーーーー
後編へと続きます(多分←
アリョーシャちゃん、お借りしました!




親愛と祝いの印





『オトギ、どうしたの?』

 自分の膝の上に乗せていた幼いゴッドチャイルド・アリョーシャは、眉間に皺が寄っているオトギの頬にぺちぺちと触れてきた。
 その手を掴んで制止させ、抱き抱えながらそろそろ降りろと床に足が付くよう彼女を降ろすが、アリョーシャは納得していないのか、またしても膝上へとよじ登り、先程までの場所に再び座る。
 そんな彼女の様子にオトギも諦めたのか、落ちないようにと今度は彼女の小脇を片手で抱えながら、机の方にもたれ掛かり、頬杖をつく。アリョーシャは投げ掛けた質問の答えを待っているのか、まじまじとオトギを見つめていた。

『いつまで見てんだよ、お前。何もねェって』
『でも、こーんな顔してるよ』

 と、アリョーシャは自分の目を指で吊り上げて眉を寄せ、オトギの表情の真似をしてみせる。

『……なんだそりゃ』

 呆れた表情でアリョーシャを見つめると、彼女は屈託のない笑顔をオトギに向けた。
 いつからこの少女に絆されるようになってしまったのか。偶然このゴッドチャイルドと出会い、軍で保護する事になってからというもの、こうして暇のある時は観察対象といった意味も含めて一緒にいることが多い訳だが。くるくると表情を変え、純粋に自分を慕ってくれているのは、正直悪い気はしない。

『なぁアリョーシャ、今日何日か分かるか』
『にじゅー…はち?』
『正解。んじゃ、これなーんだ』

 そう言って、机の上に並べてある二つの小袋を指差す。中にはやや大きめのカップケーキが並んでいた。片方の袋には水色の、もう片方には桃色のラッピングが施されている。
 目を輝かせながらアリョーシャが桃色の小袋を手にとる。お前のじゃねェから開けるなよ、と彼女の頭を撫でながら制しつつ、オトギはもう片方の水色の小袋を手に取って、アリョーシャの方へ並べた。

『これ、誰かに渡すの?』
『あァそうだよ。けど、今更なァ……』

 この二つを買う為に、寮へ帰宅しようとしていた朔太郎をひっ掴んで付き合わせた事を思い出す。
 元々甘いものが然程得意ではないオトギには、どの洋菓子店が良いかなどと分かる筈がなかった。
故に朔太郎に付き添ってもらった訳だが、今になって朔太郎の呆れたような、はたまた同情を含んだような表情を思い出し、何とも複雑な気分になる。
 もっと気の利いた物を選べば良かったのだが、そのような物を思い付ける筈もなく、今に至る訳だ。

『あっ分かった!オ』
『だーッ口に出すなッつの!』

 慌ててアリョーシャの口元を手で塞ぐ。頭では分かっているものの、口に出されると物恥ずかしくなるらしい。
 ややあってアリョーシャから手を放すと、アリョーシャはオトギの膝元から飛び降り、オトギの方へ向き直る。

『オトギ、今からわたしに行きましょ!』
『はァ?何でだよ』
『ゲヘナもオラクルも喜ぶわ、きっと』
『……だから口に出すなッてんのに……』

 嘆きも虚しく、二つの小袋を抱えながらアリョーシャはオトギの手を引いて急かす。
 オトギもようやく折れたのか、アリョーシャに引かれるままに重い腰をあげ、立ち上がる。

『しャあねェ、あいつらに投げ付けてやるか』

 奇しくも同じ日に生を受けた二人へ、せめてもの親愛と祝いの印を。





――――――――――――

軍時代の過去話。
アリョーシャちゃん、お名前だけゲヘナさん、オラクルちゃんお借りしました。


ゲヘナさん、オラクルちゃんお誕生日おめでとうございました!!



解かれた枷―後編―




 ――何が、起こったのか。朔太郎は一瞬停止させた思考を再び巡らせる。
 軍内で開催されたマネーウォーズも終盤に差しかかった時間帯。奮戦している他の軍人達を横目に、朔太郎は顔を蒼白させる。眼前に広がるは、かつての自分の後輩であるバイセン・クリフォードが、アルジャーノン・フェルバースへと剣を突き立てていた、という信じがたい光景。バイセンの後ろには、フラッツ・アルムホルトが既に意識を失っているのか、倒れたまま動く気配が無い。
 バイセンがアルジャーノンから剣を強引に引き抜くと、アルジャーノンはそのまま床へと倒れていく。その情景がまるでスローモーションのように朔太郎には見えた。
 何故、どうして、一体何が――言葉にならない感情が朔太郎を急かし、気が付いた時には二人の下へと走っていた。

「アルジャーノン!」

 たまらず声をあげ、その場に倒れているアルジャーノンを抱える。刺された彼の右脇腹からはとめどなく鮮血があふれ出し、纏っている軍服に次々に血が染みこんで行き、溢れた血が床に滴り落ちていく。焦りと言い様のない焦燥感が混じり、何度も彼の名を呼ぶ。が、アルジャーノンはうっすらと目を開けて朔太郎を目視した後、そのまま意識を失ってしまった。
 彼の傷口を抑えながら、朔太郎の腕は震えていた。思い出したくも無い過去の記憶が揺さぶられ、掘り起こされる。かつての親友に己が刺した傷口と、目の前で倒れているアルジャーノンの傷口は奇しくも一致していた。その事実が余計に朔太郎の心理を揺らす。
 自身の胸元にある傷を抑えながら、バイセンの方を見やる。バイセンも持っていた武器を投げ捨て、朔太郎と同じようにフラッツを抱え、焦りの形相で見つめている。

「バイセン……これはどういうことだ」

 不甲斐ない事に、朔太郎の声は震えていた。いつもの口調等忘れ、バイセンを問いただす。

「俺が聞きたいぐらいだよ!そいつがフラッツをこんな状態にしなきゃ、こんな事にはならなかった!」

 クソッ、とバイセンはイラつきを隠せない様子で吐き捨てる。朔太郎は次から次へと起こる受け入れがたい事実に混乱しながらも、アルジャーノンを見やるが、彼が答えるはずもない。

「だからと言って、我を忘れてこの子を刺すのは違うだろう!」
「うるせぇな!今までのうのうと逃げてきて、今更指図する気かよ!」

 バイセンの言葉に朔太郎は反論の言葉を無くし、息を呑む。構わずにバイセンは続ける。

「オトギさんがいなくなった時だって同じだろうが!都合の良い言い訳だけして、アンタは戦闘班から逃げたんじゃねぇのか!」

 バイセンの言う事は紛れもなく事実だ。かつての親友――楠宮オトギを止められずにおめおめと生き永らえた事。彼が軍を去った事を、かつてのオトギが隊長を務めていた小隊にいた、バイセンを含む隊員達にろくに理由を告げなかった事。戦闘班に居続ける事に恐れを感じてしまい、戦闘班から逃げ、誰にも告げずに研究班へと異動した事。
 ――オトギが軍を去ってからこの五年間、何度も何度も過去から目を背け、逃げ続けていた事。
 次々に思い返される過去の記憶に、朔太郎の震えは止まらない。

「……お前に……お前に何が分かる!」
「あぁ分からねぇよ!何にも言わねぇ奴の事なんか分かる筈もねぇからな!」

 そう吐き捨て、バイセンはフラッツを抱えたまま医務室の方へ足を向け、走り去っていった。

 辺りが鮮血に染まる。その場に散らばる大剣、カットラアス、ナイフ。その場に取り残された朔太郎も、こうしてはいられないとアルジャーノンを背に担ごうと彼の腕を引く――が、その動作を一瞬止める。

『………アイツらの事、頼むわ』

 不意に、オトギの言葉が脳裏を過ぎった。
五年前のあの時、自分に殆ど意識は無かった。オトギに刺されて以降、目が覚めるまでの記憶は断片的で、ほとんど思い出せていない。
 ――けれど、あの男は確かにそう言っていた。オトギの指す“アイツら”とは、間違いなく――当時の小隊の隊員達だろう。自分の知る限りでは、オトギはいつでも自分の部下の事を、仲間の事を気にかける。そういう男だったのだ。

「……あの、言葉は……」

 オトギの言葉を、頼みを、知らない内に無視していたというのか。自分だけが彼に裏切られていたと思い込んで。この言葉こそが――奴の本心だったのではないのか。

「……とんだ、道化だな……私は」

 自分を嘲笑いながらも、ようやくアルジャーノンを自分の背に担ぎ、幼さの残る彼の顔に付着していた血液を手で拭いながらも、その場から離れて医務室へと足を向ける。自分よりも体躯の大きな彼を担ぐのには骨が折れるが、そういう訳にもいかない。

「……この子にも、いずれ謝らんといかんの」

 ようやく少し平静を取り戻した様子で苦笑する。
 朔太郎の表情には、どこか決意が表れ始めていた。






―――――――――――――――

前編の続き。

バイセンさん、
そして会話こそありませんが、アルジャーノンさん、フラッツさんお借りしました。




カレンダー

08 2024/09 10
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30

フリーエリア

最新コメント

プロフィール

HN:
蒼人
性別:
非公開

バーコード

ブログ内検索

P R