「……お前、何処かで見たことある光だな」
ほのかに夏の日差しが薄れ始めた九月、昼下がりの中央街の外れ。
アパートへの帰り道ですれ違いざまの男の声がアロウの足を止めた。男は薄味の悪い笑みを浮かべ、此方を見つめる。
アロウとは視線が噛み合っていない――恐らくは視界を闇にとらわれた、盲目の男。アロウの姿など、目には見えてはいないだろう。
だが、男の言葉には何か引っかかるものがある。
「人違いじゃねぇのか、少なくとも俺はお前を知らねぇぞ」
「あァ知らねェだろうよ。俺もお前の事なんざ知りゃしねェ」
くつくつと笑う男が、妙に勘に障る。
先程の男の言葉――”何処かで見たことのある光”とは、一体誰の事なのか。男と初対面であるアロウに心当たりがあるはずもなかった。
焦点の合っていない男の目を訝しげに見返しながら、提げていた買い物袋(といっても買い溜め用の食材ばかりだったが)を地面に置いた。どうもこの男は気に入らない。
「因縁ふっかけてくんならかかって来いよ、俺は気が長い方じゃねぇ」
自分の拳を合わせ、男を挑発する。
すると男はニタリと、楽しそうに笑いながら剣を抜いた。
「はッ、良い空気だ。せいぜい楽しませてみろ!!」
声と同時に、男が斬りかかって来た。持っていた剣を左から右へ、身体を捻らせながら一閃を描く。アロウは素早く体勢を低くしてその剣を交わし、男の二撃目を近くにあった木の棒を掴んで寸での所でそれを受け止めた。
そして受け止めた男の剣を強引に押して弾き、すかさず引いて男との間隔をあける。
――強い。アロウがこの僅かな間に肌で感じた事はそれだった。体格差は自分よりも一回り小柄の癖に、それを感じさせないぐらいに力は互角、否、此方の方がやや押し負けていた。買い出しのために街へと出ていたので、自分がいつも使用している武器を持っていなかったのが悔やまれる。
二撃目、男はアロウの足を狙い剣を滑らせる。タイミングを見計らってアロウは地面を蹴って飛び上がったものの、その動きを見抜かれていたのか、即座に剣の軌道を変え、上へ――アロウの顔面目掛けて振るった。咄嗟に避けるものの、その風圧で目の下に鋭い痛みが走る。
「ちっ……丸腰相手に得物使うたぁ、自信ねぇのかよ、アンタ」
切れた所から流れる血を、鬱陶しげに指で擦りながらアロウは尚、男を挑発する。アロウの性分が負けず嫌いというのもあるが、どこかに男の隙を見つけなければ、今のアロウには到底勝ち目は無かった。
男は剣を振るう手を止め、何を思ったか剣を腰につけてある鞘へと仕舞った。
そして、先程まで楽しげな笑みを浮かべていた表情が途端に険しくなったかと思えば、素早くアロウの懐へと入り込み足払い、体勢を崩した所でアロウの髪を掴み、そのまま地面へと身体ごと叩きつけた。
「自惚れんなガキが。此処でその首へし折っても良いんだぜ」
此処でお前が死のうが、俺は困らねェからな。と、男はアロウの手の甲を踏みつけ、見下す形で吐き捨てる。アロウは髪を掴まれた状態のまま男を睨み返すが、男の非情な目つきには寒気を感じる。
単純に、アロウとオトギでは戦闘における場数が違うのだろう。男は随分と戦い慣れている。でもなければ、光を灯さないその目で戦い抜くなどと不可能な筈だ。
何とかしてこの場を切り抜けなければ――そう考えるが、自由を奪われた状態ではどうしようもない。
だがその時、男は不意にアロウと視線をはずし、別の方向を睨む。
「……何か言いたげだな、ゲヘナ」
男の声は、別の人間に向けられていた。
「いいえ、随分楽しそうに弱い者いじめをしていたようで」
頭上から、別の男の声が聞こえる。と同時に男はアロウの方に対する興味が薄まったのか、アロウを抑えていた手を離し、解放する。
「相変わらず趣味が悪ィな、見てたんかよ」
「傍観、ですよ。貴方の喧嘩に割って入るような面倒な事はしたくなかったので」
「ケッ、それを趣味悪いっつーんだよ」
男は立ちあがり、完全に興が逸れた様子でアロウに背を向ける。隣には、その男よりも一回り細身の金髪の男。身に付けている黒いマントを翻しながら、その後を付いて行く。
アロウも痛みが残る身体を起こしながら、待ちやがれ、と男に声を掛けた。
男は気だるそうにアロウの方を振り向く。
「……なんだァ、まだ俺に用でもあんのか、ガキ」
「そりゃこっちの台詞だ、見逃すとでも言うつもりかよ」
「自惚れんな、そう言ったろうが。……あァ、そうか」
一人納得したように、男は再びアロウの方へと向き直り、アロウの胸倉を掴む。
「お前……あの女のガキかよ」
「……はぁ?」
何のことかと、アロウは素っ頓狂な声を上げる。が、その言葉に男からは思わず笑い声が漏れた。
「くっははは、成程なァ、道理で光が似てやがる。こいつは良い土産話になるぜ」
一人納得した様子で、男はアロウの胸倉を離し、再びアロウに背を向け、そのまま去っていく。
「待てってんだよ!お前、何の話してんだよ」
「テメェに教えてやる義理ァねェな。家に帰って考えてみるこった」
そう言い残して、金髪の男と共にフェイルリード特区の方へと消えていった。
アロウはあちこちの擦り剥いた所を払いながら、男達が去っていった方向を見つめる。
「……あの女の、子供……?」
男が言い残した、“女と光が似ている”とは、どういうことなのか。アロウの思い当たる節は一つだけ。
――しかし。しかしそれは。
「……ンな訳、あるかよ……」
アロウは苦虫を噛み潰したような、険しい表情を浮かべ、しばらくその場に立ち尽くしていた。
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アロウと(名前出てないけど)オトギのお話。
ゲヘナさんお借りいたしました!
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